11日、大地震がありました。
みなさん、大丈夫でしたでしょうか?
日に日に被害者の数が増え、原発も予断を許さない状況。
被害に遭われた方、お悔やみとお見舞い申し上げます。
さて、当日、あたしはバイト先の会社にいました。
ちょっと揺れを感じて、「あ、地震だ」と思ったら、揺れはおさまることなく、だんだん大きくなり。
経験したことのある「ちょっと大きかったね〜」というくらいのラインを越え、
暴力的なまでの揺れになりました。
立っているのが難しくなったので、生まれて初めて避難訓練でもないのにテーブルの下に避難しました。
やがて揺れはおさまりましたが、いや、おさまってなく、ずっと揺れてる感じ。
ちょっとしたら、また大きな揺れが。
ネットやテレビで見たら、かなり大きな揺れがそうとう広い範囲であったことが分かりました。
やがて「大津波警報」という聞いたこともないような警報が出され、さらにかつてこの国が経験したことのない
ような大津波が太平洋側を襲っていることがわかり、首都圏のすべての電車が止まってしまったことがわかりました。
家に電話してもまったく電話は通じず。
夕方になり、最寄りのJRの駅が封鎖され、お祭りのように人々が通りを歩いている光景に出会い、
ふだんは届くまでメールを送り続けてくれるauケータイも沈黙。でも問い合わせるとメールが何通もきました。
たまたま大学にいた友人はそのまま大学に泊まることになったとか、知り合いの車でなんとか家に帰っている友人がいたり、翌日から海外旅行の友人もいたり・・・
夜9時を回り、「泊まるのやだな〜」と思っていたら、ネットでごく一部の地下鉄が動き出したと分かりました。
その地下鉄を使うと、あとはうちまで10キロちょっと歩けば着く・・・
そんな考えが頭の中で生まれ、どんどん大きくなっていきました。
「すいません、あたし帰ります!」
というと、同じことを考えていた、同じく大学生の子が「途中まで一緒に帰ろ」と乗ってくれ、
帰ることになりました。
まずは会社から、動いている地下鉄の線の、いちばん近い駅まで歩くことに。
歩いて行ったこともない場所ですが、スマホの地図が大活躍。
夜ですが、大学生やOLなど、女性があくさん歩いていて安心。
ところが、そんなにかからないと思っていた地下鉄駅までかなり歩いた印象。
「大混雑かな〜」と思ってたらそうでもなく、「あれ?」と思ったら、警官が「始発駅が混みすぎて電車が止まってる」とのこと。せっかく歩いてきたので、なんとか乗らないと・
とりあえずホームに入り、並びました。
しばらく待っていると、ちょっとずつ電車を動かすというアナウンスがあって、「よっしゃ」と思ったら、なんと
逆方向に並んでいたことがわかって、あわてて別ホームに移動。
そしたらまもなく電車が入ってきました。
「らっきー」と思ったのもつかのま、「この電車、運転を見合わせます」と言われ「まじで〜」という感じでしたが、
電車に、みんな何事もなく座っていたので「これは待ってれば動くよ」ということで、乗りました。
10分以上待っていると、次の駅まで動くということになり、発車。
そして次の駅で3人組が降りたので、無事座れることになりました。
1人じゃないので気を強く持っていられました。
電車内を見ると、サラリーマンやOL、高校生やお年寄りなど、夜遅くの電車とはちょっと違う乗客たち。
1駅ずつ止まって止まって、終点の駅に着いたのはなんと11時過ぎ(通常なら20分で着く)。
駅では、帰宅難民のための避難所的な公園の地図を配ってました。
お年寄りたちはみんなそこへ向かっているようでした。
そこからは、あたしと友達は逆方向に歩きます。
「Good luck!!」
メールで連絡を取り合っていこうと言って、そこで別れました。
歩くこと自体は好きだし、その日はヒールでもなかったので、歩くこと自体は苦痛ではありません。
いつもと違って女性も1人で多数歩いていたし、警官がところどころにいてくれてる。
道はわからないけど、スマホの地図で、この道をまっすぐ行けばいい、いけば分かるさ、と猪木ばりの
帰り道もチェック。
出発前に入れたコーヒー、途中コンビニで買ったチョコ、そしてウォークマンの音楽とケータイ。
これらを相棒にして、歩く歩く。
ときどき来る友達からのメール。友達も順調に歩いているらしい。
遠方の友達からも「大丈夫?」メール。
そして、これを曲がると、あとはまっすぐという国道にようやく出ると、なんと
同じく歩いて帰る人の波、波、波。
深夜の国道とは思えないような人通り。
その波に乗ってひたすら歩いていると、
見守る警官たち、歩いて帰る人にお茶を出しているおすし屋さんの若造(?)、
通りを見守るガソリンスタンドの店員や新聞配達所の人たち。
みんなあったかいね〜。
アルバム1枚聞き終わり、さて次はと「AKB」を選択。
とにかくまっすぐまっすぐ歩き、家に着いたのは2時でした。
普通の日なら1時間もかからないのに、歩くと遠いね〜。
翌日の筋肉痛は、それはそれはすごいものでした。
家の中はめちゃくちゃで、父も母もみんなでまだ寝ずに片付けをしていました。
棚の中のものがすべて飛び出し、積んであるCDやDVD、雑誌はすべて散乱。
CDのケースや本のカバーの中には割れたり敗れたりしているものもあり。
「B!」誌もぐちゃぐちゃに折れているものもありました。
って打ってると、かなり強い揺れが!
静岡で震度6強。うちの方は3だったようです。
あの日以来、とのかく揺れまくっているので、ちょっとの揺れには慣れましたが、ちょっと怖かった。