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「アメリカンなギタリスト」っていうと誰を思い出します?
これは人によっていろいろでしょうね〜。
あたしもそのときのコンディション?によって答えは違うし。
でも、自分の中でよく出てくるだろうと思うのが、デイヴ・メニケッティと彼、
ニール・ショーン(Neal Schon)です。
1954年2月27日、アメリカ・オクラホマ州オクラホマシティ近郊のティンカー空軍基地で生まれ、幼い頃に家族でカリフォルニア州サンフランシスコに移る。
10歳でギターを始め、ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトン等に影響を受ける。その後サンタナのセカンド・ギタリストに抜擢されて、17歳の時にプロ・デビュー作となる『サンタナIII』(1971年)がリリース。
1972年にサンタナを脱退し、1973年にゴールデン・ゲイト・リズム・セクションを結成。その後、ニールと同時期にサンタナを脱退したグレッグ・ローリーが合流し、JOURNEYと改名して1975年にデビュー。
1980年代に入ると、JOURNEY以外でも精力的に活動。1980年代初頭にはヤン・ハマーと「ショーン&ハマー」として2枚のアルバムを発表。
1984年にはサミー・ヘイガー、ケニー・アーロンソン、サンタナ時代の盟友マイケル・シュリーヴとのユニットHSASとして、アルバム『炎の饗宴』発表。
1985年にはあの「ヒア・アンド・エイド」に参加。しっかりギターソロも弾いてます。
1986年JOURNEYが解散すると、元ベイビーズのジョン・ウェイト等と共にBAD ENGLISHを結成し、1989年にデビュー・アルバム発表。同年には、初のソロ・アルバム『レイト・ナイト』も発表する。アルバム2枚リリースの後1991年にBAD ENGLISHが解散すると、ジョニー・ジョエリが結成したHARDLINEに加入するが、デビュー・アルバム『ダブル・エクリプス』(1992年)に伴うツアーを最後に脱退。
1993年、ポール・ロジャースのツアーに参加し、1995年にJOURNEY再結成。
1997年には、サンタナの元メンバーを中心としたプロジェクト、アブラクサス・プール名義でのアルバムを発表。
2002年にはサミー・ヘイガー、マイケル・アンソニー、ディーン・カストロノヴォとプラネット・USを結成するが、これは短命に終わり、作品もリリースされなかった。
2004年にはジャック・ブレイズ、ジェフ・スコット・ソートのアルバムに参加。
2005年には、そのジェフ、マルコ・メンドーサ、ディーン・カストロノヴォ(後にプラネットXのヴァージル・ドナーティに交替)と結成したソウル・サーカス名義のアルバムを発表。
ソロ活動も継続し、2001年のインスト・アルバム『情熱の音色〜ヴォイス〜』(全曲カヴァーで、ロバータ・フラック「やさしく歌って」やセリーヌ・ディオン「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」等を含む)はグラミー賞ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム部門にノミネートされた。
(Wikipediaより大部分抜粋)
アメリカンなHRやロックのアルバムによく参加しているイメージもあって、かなり軽いイメージもあるかも知れませんが、ベテランの域にあると思います。
彼のオフィシャルサイトには写真がたくさんあって、アフロ時代のはかなりすごいものがあります。
彼のキャリアの中でも大きな位置を占めるJOURNEYというバンドがギター中心のばりばりHRというバンドではなく、彼のギターソロも、ときにはかなり弾くものの、メインがヴォーカルだったりキーボードだったりという場面も多いので、世間的にあんまり印象はないかも知れません。
でもそのプレイを見たり聞いたりすると、なんというか「熱い」んですよね。
もうすぐなんと55歳!
しかし、その風貌もめっちゃかっこよくないですか??
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