私の英語との出会い

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私の英語と出会いから、その後の英語との付き合いについて、小学生時代から振り、書いています。

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15年間の変化

英語と足元

 
 
 英語に興味を持ち、勉強を始めてもうかれこれ15年近くになる。

 中学の頃のアメリカへの憧れがれから始まり今に至るのだが、英語力の変化も大きいが、この15年で自

分の中での欧米に対する考え方が大きく変わったのを感じる。


 
 最初は英語という言語の音や文字への興味がきっかけだが、だんだん映画スターやライフスタイルへの

憧れを持つようになり、その結果、妙に欧米のものをありがたがる舶来主義になってしまった時期があ

る。
 
 今思い返すとその頃の私は何でもアメリカアメリカと言い、日本を見下すような発言をしていた。若

さゆえ、とも逃げられるのかもしれないが、過去のそんな自分を恥ずかしく思う。

 更に恥しいことに、ある程度話せるようになった大学生の頃、変な自信を持っていて、ちょっといい気

になっていて、いや〜な女だったなあと思う。そして日本人ということに自信を持てなかったり、日本人

は見下されているのではないかと思っていたり、英語が上手く話せない自分を恥しんだりしていた。


 
 私は英語の勉強をきっかけに、日本の外に出たり外国人の人々と知り合うことになり、日本を改めて考

えるようになった。日本の良い所、そうでない所など多くを教えられた。それによって白人への変な劣等

感もなくなり、西洋かぶれはすっきり取れたなあと思う。

 
 英語に興味を持ち出し15年、英語によって得たものが意外に自分の足元にあった。

◆◆高校生だったふわふわ◆◆


 
 私は音楽を専攻していた音楽科の高校生だった。

 学校では毎日音楽の専門授業を受け、放課後は個人レッスンに通い、

 帰宅してからは、ピアノを練習する日々を過ごしていた。

 自分の意思で音楽科に進んだとはいえ、厳しいものであった。

 高校卒業後の進路といえば、音楽大学だけで、

 学校と母親からのプレッシャーをひしひしと感じていた。

 私は将来音楽大学ではなく、英語科に進めたらとの思いはあったが、

 私を取り巻く環境を考えると、そんなこと口にできなかった。

 更に音楽科だったため、普通教科の比重も低く、

 まともに他の高校生と張り合える成績を持ち合わせていなかったこともあり、

 結局音楽大学に進学することになるのだが、そのやりきれない気持ちが、

 英語への熱を強めたのではないかと思う。
 
 


 この頃私はよく、海外旅行のパンフレットを眺めていた。

 こんな国のこんなところに行きたい、とパンフレットの写真を見て、

 想像したりしながら楽しんでいたものだ。

 そのおかげか、地理をよく把握するようにもなった。

 将来絶対海外に行くぞ、といつも思っていたが、

 その思いは例えば、学校の文集のようなものの欄に書いたり、

 日記に書いたりと文字化していた。

 たかが文字化と思うかもしれないが、文字化することは、

 自分の気持ちを整理することができる上に、自分をある意味、

 自然にマインドコントロールすることができる。

 英語を話せるようになったらこんなことがしたい、

 など確実なビジョンを持つことが、自分の夢を実現させる近道になる。

 是非試してみてください。

◆◆高校に来ていた留学生◆◆ 


 
 私が高校生の頃、オーストラリアから毎年必ず留学生が来ていた。

 私のクラスは音楽科だったので、私のクラスに在籍することはなかったが、

 時々英語の時間に来ることがあった。

 私はこの頃から英語や海外に興味があったので、

 とにかく留学生に近づこうとしていた。

 しかし、他のクラスに在籍していたので、

 私が関わるきっかけがなかったので、校内ですれ違う時があれば、

 ここぞとばかりにいつも声をかけていた。

 英語が話せるわけでもなかったが、何度も声をかけていると、

 顔を覚えてくれ、いつしか友達になった。

 

 その彼女のとはとても気が合い、

 手紙を交換したり食事に行ったり、買い物する仲にもなった。
 
 彼女の日本語の能力はとても高かったが、

 お互い英語と日本語と半々に使って話し、

 変な会話になってしまったりもしたが、

 とにかくよく話した。

 言いたいことが伝わらなかったことも多々あったが、

 次回話す時はこんなことをきいてみようと、

 話のネタを考えて練習もしていた。

 私はただ純粋に、彼女と色んなことを話したかったし、

 おしゃべりしたかった。

 結果的に英語の会話練習になったかもしれないが、

 これは後から付いてきたものである。
 
 

 日本にいる外国人は、日本人の友達を作りたいと思っている人が多いと思うが、

 英語を話す練習相手を探そうと、友達になろうとする日本人に、

 うんざりしている外国人は少なくないと聞く。

 自分の要求のみを考えた行動には、気をつけたいものであるが、

 いろんな出会いを大切にしたいと思う。

◆◆好きという気持ちから得たもの◆◆


 

 私は中学から映画に興味を持つようになり、

 定期的に雑誌を買っていたが、

 その中で海外文通についての広告が入っていた。

 私はその海外文通クラブに入会し、

 その後アメリカ人の女の子との文通を始めるようになった。

 初めてのエアメールが届いた日の興奮は、今でも忘れられない。
 
 

 私の文通相手は同じ年頃の女の子だったので、

 お互いの学校の話、男の子の話しなど、

 色んなことを手紙で書き、やりとりしていた。

 英語での文章なので当然難しく、辞書を引き、

 文例をマネしながら四苦八苦しながら書いていた。

 しかし、返事を読むのも書くのも楽しいものであり、

 私にとって英語は教科1つではなく、コミュニケーションの手段になった。
  
 「好きこそものの上手あれ」というが、

 私は「好きである」や「やりたいと思う気持ち」という気持ちがある、

 ということ自体が才能であると思っている。

 英語を話したいと本当に思うのであれば、

 それだけで英会話を身に付けることができる力があり、

 それが大きな第一歩になっている。

 私はそれが大きな原動力になり、英語を話せるようになった理由だと思っている。 

◆◆中学生のふわふわ NHKでの英会話勉強を始める◆◆


 アメリカへの憧れが強くなった私は、

 母に「英語が話せるようになったらいいな」と言った。

 すると母は、私にNHKの講座を薦めた。

 中学生だった私はそれまで、

 NHKがそういった番組を制作していることを知らなかった。

 
 私は急いで新聞のテレビ欄やラジオ欄をチェックし、

 まずテレビの英会話講座を見るようになった。
 
 現在放送されている英会話講座は、とても若者を意識していて、

 勉強色を前面に出していない番組になっているが、

 当時(15年ほど前)の番組の印象は大きく違ったものだった。

 しかし私は、テレビ画面に食いつくように熱心に見て、

 見ることができない時間帯のものはビデオ録画もして見ていた。
 
 私は毎回欠かさず番組を見ていたが、

 当然ながら番組内容の全てを理解することも、

 記憶することもできなかった。

 聞き逃した部分などもあり、私は苛立ちを覚え、

 母にその旨を伝えた。

 すると母はテキストを買うと良いのではないかと教えてくれた。

 私はテキストの存在を知らなかったのである。

 そうしてテキストを手にし、私の英会話漬けの日々が本格的に始まった。

 NHKの英会話講座は、お金をかけずに始められる手軽で便利な存在である。現在の私の英語力の基礎を作る上で、大きな役割を果たしたことは間違いない。

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