新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

全体表示

[ リスト ]

 スパルタの都
 ペロポネソス半島。
 ギリシアの南西部、地中海に突き出た、四国よりほんの少し大きい程度の、この地の歴史は神話の時代に遡る。神が人を愛し、人が神を愛する時代に、人々はこの地に国を建てた。
 ギリシア本土から、この半島に入ると、まずアルカディアと呼ばれる地に入る。
 現代人が、憧憬をもって語るこの地も、近づけば厳しい自然が待ち受けていることを思い知る。岩肌がむき出しになった荒々しい山々、陽がかんかんに照りつける夏、土が凍てつく厳しい冬、水の乏しい大地。決して理想郷ではない。
 古代において、この地に生きる人々には、厳しい試練が待ち受けていた。純朴な羊飼いも、山賊に変じて旅人に襲い掛かることもあった。生来の悪なのではない。善人が善人として生きていくことの難しい大地なのだ。旅人は、心して通らなければならなかった。
 が、そんな荒涼とした光景も、南に下ってラコニア地方に入ると、がらりと様相を異にする。肥沃な平野が広がり、豊かな水量を誇る川が大地を潤している。
 遥かなる昔、スパルタ人は、北方からやって来て、ここに建国した。そして、ここを根拠地としてギリシア全土に号令し、エーゲ海さらには東地中海の覇権を握っている。
 なお、「スパルタ」は正式な国号ではない。スパルタ人は、自分たちの国を、誇りをもって、「ラケダイモン」と呼ぶ。

 紀元前382年初夏。
 スパルタを潤す母なる川、エウロータス川がたおやかに流れている。刺すように降り注ぐ陽光のため、いつもは豊かな水量を誇る川の流れも、せせらぎに過ぎない。
 その川沿いの道を、天幕の張られた馬車が、がたがた揺れて駆けている。
 この時代、道路は整備されていない。大国スパルタといえども例外ではない。馬車は、でこぼこ道を、うめき声にも似たきしむ音を出しながら、がらがら走っていく。
 馬車には、少年が三人乗っていた。人品卑しからぬ服装だ。が、ギリシア人ではない。
 少年たちは、物珍しげに窓の外を眺めていた。
 揺れる馬車に長時間乗っているため、尻が痛いのであろう。時折、中腰になって尻をさすっていた。
「なあ、スキピオ」
 少し小太りの一人が振り返った。
「なんだい、ネロ」
 そう答えた少年は、小柄だが、口の端が引き締まり、芯の強いことを表していた。
「どんなところなんだろう?スパルタの都って」
 その表情には、未知の世界への、希望の光と不安の影が混じっている。
「よくは知らない。僕が父上から聞いて知っているのは、戦士の国、ということだけだよ」
「スパルタはギリシアの覇者だ。さぞかし立派な街なんだろうな」
「いや、そうじゃないらしい。質素堅実を旨として、公共の建物以外は粗末らしい。僕たちのローマの街の方がよっぽど立派だということだよ」
「へぇ、スキピオの父上は物知りだな」
「いや、父上も、知り合いのギリシア商人から聞いたそうだ」
「なーんだ」
 スキピオの隣に座っていた長身の少年が、天を見上げてため息をついた。
「あーあ。なんで、アテネじゃないのかなぁ。どうせなら、僕はアテネがよかったよ」
「どうしてだい?ファビウス。アテネにはうまいものでもあるのかい?」
 ファビウスは、身を乗り出してきたネロを、じろりとにらんだ。
「お前は、食い気ばっかり…」
「うるさい。僕の唯一の楽しみだ」
 そういうネロは、さっきから、干し肉をもぐもぐしている。
 ファビウスは、そんなネロには目もくれず、悲劇俳優のように両手を捧げて嘆息した。
「街は美しい彫刻で彩られ、アクロポリスの神殿は神々しく輝き、黄金のアテナの女神の彫像が鎮座していると聞く。そして、神殿そばの大劇場では演劇や楽曲の演奏が華々しく行われ、人々の耳目を虜にしてやまないという。ああ…一度でいいから行ってみたいよ」
 アテネは、当時、地中海世界の文化的中心であり、芸術の都、学問の都であった。その華やかさは地中海の民の憧れの的であった。
「しようがないよ、ファビウス。わがローマは、今、周囲を敵に囲まれている。一刻も早く強国にしなければならない。そのためには強い戦士を育てないと駄目なんだ。僕らが、その先駆けとならなきゃ」
 スキピオがファビウスを諭した。どうも、彼が引率者のようだ。
「スキピオは、ご立派だよ」
 ファビウスは肩をすくめた。
 彼らは、ローマから派遣された国費留学生である。ギリシア最強の国スパルタの軍事・政治を学ぶことが目的であった。
「それで僕が選ばれたのか」
 ネロが得心した様子でつぶやいた。
「どういうことだい、ネロ?」
「だって、君たちと違って僕はおつむがあんまりよくない。でも、腕っ節は悪いけど君たちには負けないよ。要は、僕は戦士向きということだな。スパルタにぴったりだよ」
 確かに、小柄なスキピオ、長身だが細身のファビウスと比べ、ネロは体躯堂々としていた。むしろ、はち切れそうなぐらい膨れているといった方が正しいかもしれないが。
「うん、そうだ、そうだ。腕っ節は強いよ、腕っ節は」
 ファビウスが得心顔にしきりに頷くと、ネロはふくれた。
「ちぇ、そんなに強調しなくても…。『頭も悪くないよ』ぐらい言って欲しいよ。学業不振で、父上にいつも怒られて気にしてんだから」
「そうなのか。悪いな、全く気付かなかったよ。ハハハハ」
 ファビウスが悪びれず快活に笑い出すと、ネロも笑い出した。そして、つられてスキピオも笑い出した。
「ははは」「ハハハハ」
 
 少年たちの笑い声を乗せた馬車は、やがてスパルタの都を望む地に入ってきた。ラコニア地方の広々とした平野がだんだん渓谷の様相となっていく。西にタユゲトス山脈、東にパルノン山脈が聳える、要害の地。
「ここからスパルタの都でございます」
 従者の一人が少年たちに告げた。
 少年たちが馬車から身を乗り出した。待ちに待った目的地。
 エウロータス川の西岸に、緑広がる街並が視界に飛び込んでくる。遠くになだらかな丘が見え、その上に神殿があるのが見える。ギリシアのどの街にも存在する聖域アクロポリスの丘だ。が、その街の様子を見た少年たちは驚きの声を上げた。
「でも、城壁がないじゃないか」
 ネロが素っ頓狂な声を出すと
「ほんとだ」とスキピオも驚きの表情を浮かべる。
確かに驚きである。
 戦乱の絶えない時代のこと。都市は厚い城壁で強固に防衛されているのが常だったからだ。ローマも、周囲に分厚い城壁が張り巡らされている。
「ああ。スパルタには城壁はないんだよ」
 ファビウスが答えた。彼も、スパルタについて予習してきたようだ。
「どうして築かなかったんだろう?」
 ネロが訊くと、ファビウスはしたり顔になって
「『人が城なり』さ」といった。
「どういう意味だよ?」
「つまり、わが国には他国に負けない強い戦士がおります、この戦士が国を守ってくださいます、という考えさ。スパルタは、ひたすら強兵を育ててきた。その結果…」とファビウスはそこで一呼吸置いて沈黙した。
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「間だよ。間。全く文芸を解さないやつだな」
「いいから進めろよ」
「つまりだ、ひたすら強兵を育てて、スパルタの軍勢は無敵となった。現に、建国以来千年、スパルタの都を侵した国は存在しない。あの大国のアテネですら、このスパルタに攻め入ったことがないのだ」
「へー、すごいね」
 ネロは素直に感心した。
 スパルタの街並みを見ながら二人の会話を聞いていたスキピオは、ぽつりと言った。
「ローマも、そういう国にしないといけないね」
 この言葉には意味がある。
 10年前の紀元前390年、ローマに悪夢が襲った。
 建国以来順調に発展してきたローマに、北方から、ケルト族が突如侵攻してきたのだ。かつて、周辺諸国との戦いで無敵を誇ったローマはケルト騎馬軍団との戦いに惨敗し、ついに占領されてしまった。
 七つの丘を縫うように建設されたローマの街は破壊と略奪の悲劇に遭い、丘の上に避難して辛うじて難を逃れた住民を除いて、多くの人々が虐殺された。
 スキピオたち三人の親族の多くも、このとき死んでいる。三人は、神殿のある丘に逃げ込んだが、蛮行の一部始終を目の当たりにした。
 ローマの人々で、親族の誰かをケルト族との戦いで失っていない者は一人もないといってよかった。それだけに、スキピオの言葉には重みがあった。
「ああ、その通りだ」
 ファビウスが相槌を打つと、ネロも
「うん」と短く同意した。
 やがて、少年たちを乗せた馬車は、木々の生い茂るスパルタの街の中に入っていった。

https://www.blogmura.com/ にほんブログ村
 ↑
小説ブログのランキングに参加しています。クリック1回で10ポイント加算され、順位が上がる仕組みです。多くの人に読んで貰いたいと考えていますので、是非クリックお願い致します

閉じる コメント(11)

顔アイコン

さて読み始めました。このコメントは栞のかわり。。。失礼。
ではでは。

2007/11/18(日) 午前 0:25 テンハンド

顔アイコン

いらっしゃいませ。ごゆっくりお読みください。

2007/11/18(日) 午前 10:39 Dragon

顔アイコン

太古より 戦争、敗北、蛮行ですか・・・
近代の戦争でも虐殺事件が起きていますし
なぜ 進化できないのでしょうか?

2008/2/5(火) 午後 4:04 [ poe**21 ]

顔アイコン

戦争の歴史の繰り返し、階級意識から嫉妬妬み・恨み・憎しみ・怒り恐れ・特権意識・支配欲が生まれます。
階級意識を解消し役割意識に転化できない限り、争いは永遠に続くでしょう。

2008/2/5(火) 午後 5:01 [ iwa*ima*u*a1949 ]

顔アイコン

poemさん、iwamimasudaさん、お読みいただきありがとうございます。
戦争について考えることも、テーマにしているつもりです。単なる合戦物語ではないつもりなので、これからもよろしくお願いいたします。

2008/2/5(火) 午後 6:16 Dragon

顔アイコン

栞かわりに・・・よみはじめました

2008/3/20(木) 午前 11:12 Xiong M Jarka

顔アイコン

字が・・・実はもっと小さいほうが読みやすいですよ^^

さっきぽちしたかな・・・

2008/3/20(木) 午後 1:11 Xiong M Jarka

顔アイコン

してました^^

2008/3/20(木) 午後 1:11 Xiong M Jarka

顔アイコン

そうですか…。小さい方がいいのかなー。
試しに、最新の更新の箇所を、ワンサイズ小さくしてみました。
どっちがいいのかなー。皆様の反応を見て検討します。

2008/3/20(木) 午後 1:25 Dragon

顔アイコン

『300』っていう映画をみてから興味がわいております
今夜は すでに眠いので またゆっくりお邪魔します(^-^)b

2008/4/14(月) 午後 11:20 チュン

顔アイコン

チュンさん、いらっしゃいませ。
ええ、またお暇なときにどうぞ。

2008/4/15(火) 午前 9:19 Dragon


.
アバター
Dragon
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

友だち(3)
  • JAPAN
  • 時間の流れ
  • ダイエット
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事