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アカデメイアの章(第2章)
<これまでのあらすじ>
ローマからギリシアのスパルタ(ラケダイモン)にやって来た少年スキピオ。
バルバロイ(蛮族)との蔑みを乗り越え精進し、剣闘技大会に優勝し、栄誉を輝かせる。
しかし、ギリシア世界全土を支配するスパルタの強権的なやり方に疑問を覚え、スパルタ国家を支える奴隷階級ヘロットの存在に、スパルタ国家の正当性にすら疑いの目を向けるようになる。
そんな中、奴隷の少女アウラと出会い恋するようになる。
しかし、祖国から使命を託された身として、葛藤を抱えながらも訓練を続けていく。
そして、最後の訓練で、ヘロットを一人討ち取るよう命令され、悩みながらも、テュルタイオスらと共にとあるヘロツトの村を襲う。
が、そこで父親の供をしてきたアウラと偶然会い、全身をくるむ後悔を覚え、アウラを殺そうとするテュルタイオスを斬り、スパルタと決別する。
アウラを守り逃亡するスキピオであったが、メッセニア人の聖地イトメ山で、その甲斐なくアウラはスパルタ兵により殺されてしまう。
スキピオは、打倒スパルタを誓い、西に逃亡した。
再会
スキピオは、執拗な追跡を振り切り、メッセニアの大地をひたすら西に走った。
数日後、彼の目に、青く輝く海が飛び込んできた。イオニア海である。
(やっと…やっと、ここまで来た…)
彼の心に、ようやく一つの安堵が生まれた。
が、故郷ローマに戻るためには、この海を渡らなければならない。
(船に乗らなければ…)
そう考えた彼は、ピュロスの街に入った。
ピュロスは、ペロポネソス半島西端の港町である。スキピオは、ここから海路、故郷のローマに逃走しようとしたのだ。
しかし、この街は、スパルタ艦隊の基地が置かれ、スパルタにとって重要な軍事上の拠点でもある。従って、街の要所をスパルタ兵が厳重に警戒している。いや、なにゆえか、大勢の兵が、あちこちを走り回っていた。
そう。既に、追跡の手が回っていたのである。
(この分では、密偵も嗅ぎ回っているに違いない)
そう考えた彼は、農民から譲り受けた野良着を身にまとい、顔には泥を塗りたくり、姿を変えた。しかし、厳しい追跡の手を肌に感じ、迂闊に動くこともできず、木賃宿を転々として息を潜める日が続いた。
が、いつまでも隠れているわけにもいかない。時間が経てば経つほど、袋の中の獲物の如くに追い詰められるのは明らかだった。
ある日、スキピオは、港にそっと近付いた。
物陰から窺うと、案の定、乗船客はみんな、スパルタ兵に厳重に尋問されている。少しでも怪しいと見られた乗客は、容赦なく追い返されていた。
(だめだ…とても無理だ)
彼は、やむを得ず踵を返し、通りに出た。
慌てて飛び出したため、その途端、通行人にどんとぶつかってしまった。
「痛えな、気をつけろ」
「すいません」
スキピオは一言謝ると、足早に立ち去ろうとした。
しかし、その声を聞いた通行人は、肩をピクリとさせた。
「ちょっと待ちな」
が、スキピオは立ちどまらない。
「急いでいますので」と言って足早に立ち去ろうとする。
「やっぱり!君はスキピオ君だろう」
ぎくりとした。とっさに背中の剣を意識した。
今、スパルタ領内で自分を知る人は、敵に他ならないからである。
スキピオは、ゆっくりと振り向いた。
そこには、大きな袋を背負った大男が親しげに笑っていた。
「あ…あなたは、確か」
「ダイファントスだよ。君と対戦した。もう忘れたのかい」
思い出した。ダイファントスがあっさり敗北を認めて決着はついたが、あのまま闘えば勝敗の行方は分からなかった、と後で何度も思い返していた対戦相手だ。
「確か、ラケダイモンの外国人部隊に属していた…」
「そうそう。思い出したかい」
軍に属する者ならば追っ手にほかならない。しかし、相手の様子に、まるで害意はうかがえなかった。
「今日は軍務ですか?」
「うんにゃ。ヘリッピダス殿から報酬を貰ったからな。除隊させてもらったよ」
「除隊?…では、もう」
「そう。ラケダイモンとは、おさらばさ。ラケダイモンの軍務はきついからね。アテネに帰国して、のんびりさせてもらうよ」とからから笑った。
「でも、どうして、ここに?」
スキピオは、まだ疑いを解かない。
アテネへ帰国するのなら、陸路の方が遥かに早いし、海路をとるにしても、ピュロスからでは遠回りに過ぎるからである。
「ああ、帰国のついでにオリンピア見物をしてきたのさ」
オリンピアは、いうまでもなく四年に一度開催される全民族的な競技大会の開催されるギリシアの聖地。ギリシア人であれば、誰もが一度は訪れたい地。ラケダイモンの北西の隣国エリスが支配する街である。
ここに立ち寄ったとなれば、ピュロスから帰国するというのも分かる。
(よかった…追っ手ではないようだ)
スキピオは、ほっと息をついた。
「ところで、君こそ、こんな所で何をしているんだ?少年兵の君がピュロスで軍務でもなかろう?」と今度は逆に尋ねられた。
「いや…その」
スキピオは口ごもった。
が、その時、スパルタ兵がやって来るのに気付き、スキピオは慌てて物陰に隠れた。
「どうして隠れる?」
「お願いします。知らぬ振りをしてください」
スキピオは小声で懇願した。
数人のスパルタ兵が、ダイファントスに近づいた。
「おい、お前。この者を見なかったか?」
と、ダイファントスに紙を渡した。そこには、お尋ね者の似顔絵と名前が記載されている。いわゆる指名手配書だ。
ダイファントスは眉一つ動かさなかったが、内心驚愕した。スキピオの似顔絵と名前が記載されていたからだ。さらに、そこに書かれている容疑を見ると、一層驚いた。
『スキピオ儀。故なくスパルティアタイを斬り逃亡する。その罪まことに重大。発見した者は役所に通報するか、直ちに捕縛して官に届出よ』
(スパルティアタイを斬った逃亡犯だと!…あの優男の少年が!)
まじまじと見ていたダイファントスであったが、しばらくして、
「いや、知らんね」と、素知らぬ体で紙をつき返した。
「そうか。そやつは重罪犯人だ。どうもこの街に潜んでいるらしい。見つけたら、直ちに役所に通報するように」
「ああ、分かったよ」
スパルタ兵は、その後も、道ゆく人を呼び止めて聞き込みをしている。この分では、街中そこいらで、しらみ潰しのように捜査しているのに違いなかった。
スキピオは、物陰に隠れながら、いよいよ袋の中に追い詰められていくのを感じ、焦燥感を深めた。と、そのとき、
「行ったぞ」とダイファントスの声がした。
「あ、ありがとうございます」
スキピオが出てくる。疲れきった顔をしていた。
「事情を聞こうか。俺の宿に来い」
「はい」
スキピオは、もう疑わなかった。その人を。
ダイファントスの宿は、アゴラのすぐ近くにある木賃宿だ。が、意外ときれいさっぱりとしていて、建物に入ると、おいしそうな匂いがしてくる。
スキピオはたまらなくなり、思わず、スキピオの腹の虫が鳴った。逃避行の間、ほとんど満足な食事をしていなかったからだ。
スキピオは赤面した。
ダイファントスは、クスリと笑った。
「ここの宿はスープがうまい。亭主はどうしようもなく頑固だがな」
聞こえたと見えて、現れた亭主はむっつりしている。
その亭主が、魚肉と野菜たっぷりのスープを二皿持ってきてくれる。
「満足に食ってないんだろう。たらふく食え。金は持ってるから安心しな」と、ダイファントスは、にやっとして金貨の入った袋を見せた。
「ありがとうございます」
「亭主はヘロット上がりの解放奴隷だから、スパルタ兵に密告することはない。ここにいれば、しばらくは安心だ」
スキピオは、久しぶりに人心地をつき、むさぼるようにスープをすすり、パンをかじった。無心に食事した。
ダイファントスは、何もいわずに、自分も黙々と食事した。
やがて、スキピオはスプーンを置いた。
「事情を全てお話します」
「うん」
スキピオは、何も隠さず、付け加えずに事情を洗いざらい話した。テュルタイオスを斬ったこと、アウラを助けようとしたこと、自分が後悔していないことも。
ダイファントスは、一言も口を挟まず聞いていた。聞き終わった後も、一切非難めいたことも何も言わなかった。
やがて、一言、
「分かった」といった。そして、
「よし、俺が船の手配をしてやるよ」と、あっさりと言った。
「え、本当ですか。こんな私を助けてくれるのですか。罪人の私を…」
「俺も、そこそこ名の知れた戦士。人様が困っているのを見捨てられるか。お前のような少年が、愛する女のために命を捨てて戦ったというのに」
それを聞くと、スキピオは涙をぽろぽろとこぼし、嗚咽した。
ダイファントスも目を赤くしていた。
「泣くな。男が泣くのはな、嬉しくて嬉しくてたまらないときだけだぞ」
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ダイファントスさん、いい人や〜(T_T)
2008/4/9(水) 午後 5:14
らんらんさん、ありがとー。
ええ、男気あふれるやつですよー。
これからも注目してやってくださいね(^ ^)
2008/4/9(水) 午後 7:35