新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 ディオニュシオス一世とディオン(続き)
 議論は次第に熱を帯び始めた。
「では、いついかなるときでも命を惜しむことが、指導者にとって勇気があるということになるのですかな?」
「どういう意味でしょう」
「例えば、自分の命を狙っていると思って、用心のために敵になりそうな人を抹殺しておくことなどはどうであろうか?」
 その問いに、居並ぶ客たちはぎくとして、思わず視線を宙にさまよわせた。
 今、プラトンが例に挙げた所業、それは紛れもなくディオニュシオス一世の所業であった。彼は己の権力を守るため、自分より優れた人、人望ある人を次々と処刑していった。
 うかつに意見を述べて彼を批判する結果になれば、粛清される危険があったのだ。
 が、プラトンとディオンの二人は、そんなことお構いなしであった。プラトンは、真理探究のためには権力者の機嫌など意にかけぬ男であったし、ディオンはディオニュシオスの寵愛を受けていたこともあって何ものも恐れぬ気質だったからである。
「それは違うと思います」
 ディオンはきっぱりと言った。
「なぜですか?」
「うーん。よく分かりません」
「人を信ずる、ということも勇気といえるからではないでしょうか?」
「そう…うん、そうだと思います」
「なぜ、そう思いますか?」
「そうですねえ…」
 ディオンは、少し考え込んだ。やがて、膝を打った。
「信じられてこそ人は活躍するもの。人を信じない人の許には人は集まらないことになります。つまり、有徳の士が集まらず、国家を繁栄させることができなくなるからです」
 ディオンは率直に答えた。
 それは、彼だからこそ、いえる言葉であった。他の者であれは、翌日、港で縛り首になっているであろう。
「私も貴君の意見に賛成です」
 プラトンは大きく頷いた。
 
 客たちは、はらはらして成り行きを見守っていた。
 ディオニュシオス一世は、案の定、明らかな不機嫌を顔に見せていた。
 そのディオニュシオスが身を乗り出した。
「先生。今度は私に質問させて頂きたいのだが…。一人で政治を行うことは勇気あることではないだろうか?」
 生々しい質問になってきた。
「勇気あるといえる場合と、いえない場合があると思います」
「勇気あるといえる場合とは?」
「よく真理を理解して、善悪の判断を間違えない人が一人で指導する場合です」
「勇気があるとはいえない場合とは?」
「よく真理もわきまえず、善悪の判断を間違えるような人が一人で指導する場合です」
「どう区別するのか?」
「簡単です。よく真理を理解して善悪の判断を間違えない人は、人々の信頼を得ております。自然と市民と親しみ、かといって馴れ合うことなく、賞罰には厳正な態度で臨み、己の感情に決して支配されることのない人といえましょう。真理に従って、感情に従わない人、即ち、己に勝つ人こそ勇者といえましょう」
 ディオニュシオス、ムラムラと憤怒がいぶりだしてきた。
 市民を抑圧し、自分に服従する者のみを優遇し、さらには感情次第で人を処刑する彼である。まさに、プラトンのいう『己に負けた人間』であった。
勿論、プラトンは一般論で述べたつもりであった。が、それは悉くディオニュシオスに当てはまった。
 二流・三流の人物ほど、本当のことをいわれると怒り出すものである。批判に耐え切れないのだ。案の定ディオニュシオスも怒った。
 しかし、相手は当代随一の学者プラトンである。手荒なことはできない。彼は、怒りを抑えつつ、最後にプラトンに訊いた。
「先生は、このシラクサに何しに来たのです?」
「立派な人を探しに参ったのです」
「へえ、そうですか。そんな人は見つからないと思いますよ」
 ディオニュシオスは、皮肉っぽくいった。
 実際、独裁制に飼いならされた市民の中には、なかなか人物はいないであろう。追従の上手な者が厚遇され、直言する者を排除する体制の下では。
 
 怒ったディオニュシオス一世は、とうとう会見を一方的に打ち切った。さらに、独裁者の常道として、批判者を闇に葬ろうとした。いつの時代も変わらぬ醜悪さである。
「プラトンを、ひそかにアイギナに送り、奴隷市場で売却してしまえ」
 アイギナはアテネ沖合に浮かぶ島国でアテネの宿敵。ここに送れば、アテネに身柄が返されることはない。
 こうして、プラトンは、密かに奴隷船に乗せられてアイギナに送られた。
 しかし、プラトンの後援者はギリシア世界全土に存在する。南イタリアの学者たちの計らいで、プラトンの身柄は奴隷商人から買い戻された。
 プラトンにとって、この第一回シラクサ訪問は、散々な旅であった。
 が、プラトンにはディオンの人物が、ディオンにもプラトンの人物が、しっかりと刻み付けられた。

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周りを疑い出すと、きりがないでしょうか?
プラトンも、奴隷で売られたことがあるのですね。
ディオゲネスを思い出しました。

2008/7/8(火) 午後 10:54 eureka

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eurekaさん、コメントありがとうございます。
独裁者の本質だと思いますよ。猜疑心は

ええ、ほぼ文中の通りで、プラトンはアイギナ(エギナ)に送られてしまったようでして。

2008/7/9(水) 午前 6:39 Dragon


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Dragon
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