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プラトンの帝王学(続き)
「ほう。あの高名なプラトン先生がこのシラクサに」
ディオニュシオス二世は驚いた顔をした。彼は、この時二十八歳。
「はい。プラトン先生の教えを受ければ、閣下は偉大な指導者として名を刻むことができましょう。また、シラクサの人々も、善政を大いに喜びましょう」
「なるほど。それは是非教えを請いたいものだ」
偉大な王になれると説かれ、二世も哲学者プラトンに憧れる気持ちが膨らんだ。
彼は不遇な青年期を過ごした。というのも、父ディオニュシオスは、
「我が息子とはいえ油断ならん。側近に吹き込まれ、余の権力を脅かすやも知れん」と恐れ、息子の二世を宮殿の一角に監禁したのであった。
その幽閉生活は十年以上に及んだ。
不遇の時期を、彼は日曜大工に没頭することで紛らわせていた。従って、君主に似つかわしくなく手先が器用な男であったが、いわゆる帝王学の類は一切学んでおらず、いきなり君主の座に就いて当惑しているというのが正直なところであった。
プラトン一行は、前回を上回る、驚くほどの大歓迎を受けた。まず、ディオニュシオス二世と宰相ディオンが揃って港まで出迎え、プラトンをディオニュシオス一族にしか許されない豪華絢爛な馬車に乗せ、アクロポリスにある王城に案内した。
翌日から、早速、ディオニュシオス二世に対する講義が始まった。二世の後ろには、ディオンも臨席していた。
そして、ディオンは、市民を有徳の士とすることがシラクサ国家の繁栄の礎になるとの考えから、有力貴族の子弟にも聴講させた。
「閣下には、真の王者に必要な徳が何であるとお思いですか?」
まず、プラトンが質問した。
対話の中から真理を生み出す、例の『産婆術』である。
「真の王者は、民を守らねばならん。従って、敵に負けぬ強さが最高の徳だと思う」
「なるほど。では、敵に勝つには、どのような徳が必要になるでしょう?」
「うーん。まず、勇気であろうな。臆していては敵と戦うどころではなくなる」
「そうですね。また、厳しい境遇に耐え抜くために、節制も必要になりましょう」
「そう」
「勇気や節制という徳は、いきなり兼ね備わるものでしょうか」
「いや、そうではない」
「ということは、戦時だけでなく、平時のときから勇気と節制を備えるように努力しなければならないということになりますね」
「そうなるな」
「となると、平時において、勇気と節制を備えるためにはどうすべきか考えてみましょう」
「軍事訓練をすればよいのではないか」
「確かに。戦いの訓練においても勇気と節制は鍛えられましょう。しかし、勇気や節制が求められるのは戦場だけですかな?もし、他にも勇気や節制を発揮する場面があるのならば、そこでも勇気や節制を備えるための鍛錬ができることになりましょう」
「そのとおりだ」
「たとえば、正しいことを主張することは勇気あるとはいえないでしょうか?」
「それはどうかな?正論ならば、皆従うから、勇気は要らないのではないか?」
「例えば、暴虐な君主がいて、正しき主張をする者を抑圧している場合は、どうですか?」
「その場合、正しきことを主張するのも命懸けということになる。勇気が必要だな」
「逆に言えば、正しき主張を穏やかに聴くことのできる君主は、節制という徳が備わっているといえるのではないでしょうか」
「なるほど。立派な君主となるためには、人の正しき意見に忍耐強く耳を傾けることが大事、ということですな」
プラトンは微笑して頷いた。
「その通りでございます。批判は、正しきことでも、聴く者には辛いもの。しかし、その批判に耳をふさいでは国家の発展はあり得ませぬ。それに辛抱強く耳を傾けて、聴くことこそが英邁なる君主への道でございます」
「ふーむ」
「国家のあり方について意見を述べ、それを聴くという場面でも、勇気や節制という徳を備えるための鍛錬ができるのです」
「なるほど。うん、なるほど」
ディオニュシオスは何度も頷いた。
ディオニュシオス二世も愚かな人物ではなかったのであろう。彼は、綿が水を吸い取るような勢いでプラトンから知識を吸収し始めた。
ディオンは、ディオニュシオスが懸命に学ぶ姿を、嬉しそうに眺めていた。
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