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身代わり(さらに続き)
「ようし、その調子だ!ゴルギアスを討ち、エパミノンダスを捕えるのだ!」
カブリアスが気をよくした。
が、その時であった。四方から一斉にラッパの音が鳴り響いた。
棍棒の描かれた旗が、周囲の野や丘に無数にひらめいた。
テバイの旗だ。
「ああっ!」
「なんだ!この大軍は!」
カブリアスとイフィクラテスは腰を抜かさんばかりに仰天した。
東からメロン率いる重装歩兵部隊、北からパンメネス率いる軽装歩兵部隊が、山野を揺るがさんばかりに殺到してきた。
三方より攻撃されてアテネ軍はどっと崩れたった。
さらに、退却したはずのカロンの軍勢も、前方から引返してきた。
「今こそアテネに鉄槌を!」
「日和見カブリアスを討て!」「薄汚れたイフィクラテスの首を取れ!」
テバイの将兵は、口々に叫びながら、カブリアスとイフィクラテスに迫った。
「いかん!エパミノンダスに図られた!」
四方から攻撃されては、いかに大軍といえどもどうにもならない。イフィクラテス隊も、フォキオン隊も、支えきれずに次々と撃破された。
アテネ軍は総崩れとなった。
カブリアスもイフィクラテスも、今は、ひたすら逃げるだけであった。
その背後から、テバイ軍が怒涛の勢いで追撃してくる。潮の如く迫る、その喚声に呑み込まれた将兵は二度と戻ってこなかった。
振り返ると、ペロピダスを失った怒りのためであろう。
「イフィクラテス待て!勝負しろ!」「逃げるな、カブリアスっ!」
テバイ兵の凄まじい血相が迫ってくる。地獄の羅卒が手を伸ばしてくるが如きだ。
「ひいい」
カブリアスやイフィクラテスは、生きた心地なく、必死に馬に鞭当てた。
しかし、彼らの運はまだ尽きていなかった。なんとかデケレイアの要塞に逃げ込むことができたのであった。
アテネ軍は、またしても大敗北を喫したのであった。
アテネ軍は、デケレイアを堅く守って一歩も出なかった。ここが破れれば、テバイの大軍からアテネを守るものがない。
しかし、数日後。
「なにっ!テバイ軍が総退却したと!」
カブリアスは、あまりの意外に、かたんと立ち上がった。
「は。潮が引くように退却していきました」
(信じられぬ。これほどの優勢を捨てて…)
「どうして退却したか、その理由は分かるか?」
「は。どうやらあのエパミノンダスは身代わりのようでございます」
「な、なにいっ!」
「エパミノンダス以下、テバイの主力は、まだフェライにあって戦後処理に当たっておるそうです」
「し、しかし、余は、この目でエパミノンダスと確かめたのだぞ!」
カブリアスは思わず声を上ずらせた。
「あれは、密偵の総元締めディオゲネスの変装したものでございます。やつは密偵としてのあらゆる術を会得している男でして、変装など朝飯前でございます」
カブリアスは絶句した。
「なんと…そういえば一言も発しなかったが…」
「しかも、敵軍の兵力は五千ほどだった模様です」
「なんだと!我らは周囲全て敵兵に包囲されたのだぞっ!」
「あれは擬勢でございます」
「なにっ!」
「旗を持った農民たちが野を駆け回っていたに過ぎませぬ」
「で、では、我らは絶好の機会を逸したというのか」
「ということになりましょうか」
カブリアスは天を仰いだ。そして、力なく椅子にへたり込んだ。
(ああ…わしは、エパミノンダスには到底敵わぬ…)
こうして、テバイは、北方を完全に平定し、そしてアテネの侵略を退けることに成功したのである。陸上の戦いで敗れたアテネは、いよいよ海に活路を求めていくことになる。
戦いの舞台は、ギリシア人の母なる海、エーゲ海へと移っていく。
第八章キュノスケファライの章終り。第九章エーゲ海の章へ続く
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