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古代ギリシアの聖地オリンピアの復元想像図です。
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−暦(こよみ)について(補足)−
ギリシア世界には共通の暦はありませんでした。
何百とある都市国家がそれぞれ、暦を定めていました。
ために、歴史家は、年を役人の名前で特定し、季節で期間を特定したと申しました。
たとえば、こういう具合です。
「監督官アンタルキダスの年、夏から秋にかけて、テバイがスパルタに進攻した」
現代の暦に直すと
「紀元前369年八月から十月にかけて、テバイがスパルタに進攻した」となります。
ここまでが前回までの説明です。
実は、もう一つ、年代を特定する方法がありました。
オリンピックです。
ギリシア世界では、紀元前八世紀の半ばごろより、聖地オリンピアで競技会が四年ごとに開催されていました。はじめ、参加国は、主催国のエリス、そしてスパルタなどに限られていましたが、そのうちギリシア世界全域から人々が集まるようになりました。
紀元前776年に第一回オリンピックが開催されています。
以降、紀元前772年、同768年、764年…
こうなると、いつ何年に競技会が開かれるという共通認識が誕生します。
時間の認識の共有です。
そこで、オリンピックの開催回数を基準に年代が特定されるようになります。
たとえば、第三回オリンピア期一年目といえば、紀元前772年となります。もっとも、現代の暦の八月ごろに開催されていたらしいので、正確には772年の八月から771年の八月を指すことになります。
となると、紀元前780年を起点として、ギリシア世界共通の暦が出来上がります。
例えば、第140オリュンピア期といえば、780−(140×4)=220ですから、紀元前220年から同216年を指すことになります。
ギリシアの歴史家ポリュビオスは、この年代特定方法を採用しています。
はは。まったく古代の歴史家は大変ですな。
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オリンピックですか
添えだから、うるう年の調整も必要だったんですね
2009/4/27(月) 午前 11:51 [ hana ]
hanaさん、おはようございます
そうです。そうです。
うるう年の調整の話をするのを忘れていましたよ。
太陽暦・太陰暦いずれをとっても調整が不可欠ですからね
ありがとうございます
2009/4/28(火) 午前 7:30
オリンピックで特定ですか…
こいはよか方法ですね!! (*^-^*)
2009/5/1(金) 午後 8:33
たかびごん様、いらっしゃいませ
そうなんです。
古代オリンピックは千年にわたり続きましたので
地中海世界共通の暦となっていきました
我々のように、西暦を当たり前のように使っていると、こういう不便は実感できませんが
元号だけを用いて、と考えると少しは想像できるかもしれませんね
2009/5/2(土) 午後 2:25