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刈り取られた怨念(さらに続き)
「そうか…オリッセス族の生き残りであったか」
ハンニバルは呟いた。
彼は、敬愛する義兄ハシュドゥルバルを殺されたというのに、不思議と恨む気持ちになれなかった。
「閣下もバルカ家の当主。仇を報じなければなりません」
ボスタルが言い聞かせるようにいった。
「復讐せよ、とか」
ハンニバルの表情は曇った。
(きりがないな)
彼は、まずそう思った。
(我が義兄は父ハミルカルの仇を討つためオリッセス族を。そのオリッセス族の生き残りマニアケスは義兄を。そして、この俺がそのマニアケスを…か)
彼とて、かつて復讐心に燃えたことがあった。ローマに対する復讐である。
いや、傍目からは、今もそう思われているに違いなかった。
『ハンニバルは、ローマへの復讐戦を企んでいる』
カルタゴ人は、皆、そう思い込んでいるのだ。
現に、バルカ家に理解のあるジスコーネですら、それを危惧して、この新カルタゴにやって来る前に、しつこいぐらいに釘をさしてきた。
(そういうことではないのだ)
ハンニバルにはハンニバルの志がある。復讐という激情に走り、国家の命運を賭けてはならない、大人になるにつれ、そう考えるようになっていた。そして、それは父ハミルカルも同じなのだということを。
「生きているのかどうかも分からないのであろう。どうせよと申す」
ハンニバルがうそぶくように言った。
ボスタルは、その語気に、ハンニバルが下手人を取り逃がしたことに不満なのだと解釈した。だから、汗を拭き拭き弁明した。
「マニアケスは、生きて逃亡している可能性があります。全土に急使を派し、目下探索に努めておりますゆえ。今しばしお待ちを」
それに対し、ハンニバルは首を振った。
「よしにせよ」
「え…」
ボスタルは目を点にした。
「我が義兄は別段恨んでもいないであろう」
「そ…それはどういうことで」
「見よ。あのお顔を」
ハシュドゥルバルの遺体は、当時の貴人に対する葬儀の慣例に従い、腐敗を防ぐため、蜜を全身に塗られていた。従って、その顔は、生前同様、光輝く美貌のままだ。
「まこと穏やかなお顔。察するに、義兄上は、マニアケスを恨んでないと見た」
「さ、されど…マニアケスは大逆人。それを許すとは…」
「義兄は、我がバルカ家のため、カルタゴのため、怨念の種を刈り取ってくれたのだ。そして、大逆人マニアケスは、神罰を蒙り、海に落ちて死んだ。それでよいではないか」
カルタゴ本国及びイベリア全土から弔問客が押し寄せる中、前総督ハシュドゥルバルの葬儀は滞りなく挙行された。
それから間もなく。
新カルタゴ全市を挙げて新総督就任を祝う式典が行われた。ハンニバルはイベリアの新総督として、カルタゴ将兵の歓呼の声を浴びたのであった。
この時、ハンニバル二十五歳。
紀元前221年春。花も散り、新緑深く薫る頃であった。
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