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ハンニバルの決意
半月ほど前。
新カルタゴに、サグントゥム政変の一報がもたらされた。
「そうか…ついに暴発したか」
イベリア総督ハンニバル、眉一つ動かさず、報告を聞いていた。
「は。我らに心を寄せる者たちの多くが殺害もしくは追放された由にございます」
「そうか…」
ハンニバル、何を思うのか、その表情は透明なままだ。
「ハシュドゥルバルとマゴーネを呼んで来てくれ」
「ははっ」
その二人の弟はすぐにやってきた。彼らも知っている、事の重大さを。
「兄上!」「ついに暴発したとか!」
この二人は見事な対照をなしていた。
体格に優れた次弟ハシュドゥルバル、それに対し、およそ武の人に見えぬ柔和な末弟マゴーネ。見た目ばかりか内実も違っていた。武勇に優れ、敵を滅すためならば一切をためらわぬハシュドゥルバル。対して、衆望に優れ、良く部下を統率するマゴーネ。
次弟は前総督ハシュドゥルバルの系譜に連なり、末弟は父ハミルカルの系譜に連なるといえようか。
「おう、二人ともよく来てくれた」
二人の姿を見ると、ハンニバル、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「兄上…ついに恐れていたことが」
マゴーネが不安げに口火を切ると、ハシュドゥルバルは露骨に不機嫌な色をなした。
「何を言うか。来るべきものが来ただけのことぞ」
彼は、マゴーネが、平和主義者ジスコーネの影響を多分に受け、現状維持に傾く意見を述べるのを物足りなく思い、常々、強硬な論をぶつけてきた。
「されど、国家興亡の時。無闇に妄動するべきではない。慎重の上にも慎重に事を運ばねばならぬ」
マゴーネはあくまでも慎重だ。
「なにをいう。これで動かねば、ローマ人ばかりか、イベリアの者どもの物笑い。我がバルカ家の統治は土台から揺らぐに違いない」
猛るハシュドゥルバルに、マゴーネはむっとした。
「兄上のように、勇ましいだけでは事は解決せぬもの」
「なにお!口が過ぎるぞマゴーネ!」
「この非常時に口が過ぎるも何もありますまい」
「黙れ。いつもいつも腰ぬけな意見ばかり申しおって」
ハンニバルは、ふっと笑った。彼は知っている。二人の弟が、激しく言い争いをしていても、互いに深く理解し合っていることを。だから、安心して見ていられた。
「時というならば、ずっと前から来ていたのだ」
ハンニバルは言った。
「それはどういうことで?」
ハシュドゥルバルは態度を一変させていた。
二人の弟にとって、この兄は、もはや畏敬の存在。長じるに従い、亡き父ハミルカルに生き写しの如くに輝く兄は、憧れですらあった。
「父は、かつてカルタゴのバァル神殿でこういわれた」
ハンニバルは、昨日のように、父の言葉を覚えている。
『これから始まるのだ』
父はそう言った。傭兵の乱が終息したばかりの時だ。
「父は、今日を二十年前から見通されていた。あの時から、ローマとの闘争が始まっていたのだ」
二人の弟は、一切口を挟まずに、兄の顔を見ている。
「実を申すと、余は、これまで様々に思い悩んでいた。平和か戦争か…。父の言葉ありとて、闇雲に国家の命運を賭けて戦いに臨むべきではないからだ」
当然のことだ。指導者は、国家の保全と国民の生命を預かる身。それを第一に考えねばならない。一か八か、そんなものに賭けて戦端を開く者は、愚か者でしかない。
「されど、父上は、決して復讐に駆られて、あのように申されたのではない。戦うしかない、その御判断なのだ。我がカルタゴとローマは、この世界において、戦うしかないと定められた国と国なのだ」
彼は、ローマとカルタゴは、あたかも闘技場に立たされた、相対する剣士の如きものであると思っていた。すなわち、逃げることは許されない。
(相手を倒すことでしか生きることができない…)
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