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負傷(続き)
ハンニバルは、戦局が勝勢に傾くと、二百騎ほどを連れて、小高い丘にあって全軍を采配していた。傍らには、ボミルカルの子ハンノンが、そして、マニアケスが何事もなかったかのように控えていた。
「やや!あれは!」
ハンノンが異様な声を上げた。
「総司令!敵将が逃げていきますぞ!」
眼下に、東の空へ急ぐローマ騎兵の一隊を、あざらかに捉えることができた。
間髪容れず、指揮官は命じた。
「追え」
「は!」
紅顔の将ハンノンは勇躍し、百騎を引き連れ、一散に駆け下った。
ハンノン率いる騎兵隊は、二手に分かれ、逃げ行くスキピオの一隊の両側から迫った。
挟み撃ちにして捕獲せんとの肚であろう。
「そこにあるは敵将スキピオであろう!我はカルタゴ行政長官ボミルカルの子ハンノン!勝負せよ!」
ハンノン、ギリシア語で高々名乗りを上げた。
だが、スキピオは、それに無視を決め込んだ。
ならばと、ハンノンはさらに二の矢を放った。
「味方を捨て命惜しみ真っ先に逃げるが将の振る舞いか!恥を知るならば勝負せよ!」
若者らしい熱情で嘲笑い、辛辣な毒を放った。
そう。人に痛手を与えるは武器だけではない。
「むう…なんだと」
思わず振り返ったスキピオの面には、明らかな血潮が差していた。
傍から見るに、いたって大人しい人物の彼。その彼も名門の子。元来の名誉心が、むらむらと闘争心を掻き立てたに違いなかった。
「おのれ…小賢しや…」
スキピオは、怒りをくわと見せ、手綱をぐいっと引いた。
「わっ!」「あっ!」
急停止したため、後続の騎兵は、あわや執政官の馬にぶつかりそうになった。
「なりませぬ!父上!」
先を駆けていたプブリウス、馬首巡らせ、急ぎ父の馬の許に寄せてきた。
「止めるな」
「ここで足止めを喰らっては!」
「懲らしめてやる。敵将と戦うは武人の誉れ」
「父上!今はそのような時ではありませぬ!」
「プブリウス、そなたはここで見ておれ」
スキピオは、馬腹を蹴るとハンノンに向かって駆けだした。
「父上!」
スキピオらしくないと言えば、これほど彼らしくないこともなかったろう。
常に冷静沈着、かつ、大局を誤ることのなかった彼。
その彼も、思わぬ遭遇戦、思わぬ敗戦に、平静を失ったものかも知れなかった。
「父上っ!お戻りくださいっ!」
プブリウス、懸命に呼び止めたが、父スキピオは一散に突進した。
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