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死して敵を涙させる(続き)
「閣下、大丈夫でしょうか」
ラエリウスが案じた。
「何がだ?」
「よもやとは存じますが、ハンニバルの罠ではあるまいか…と」
「ふふ」
グラックスは笑った。
笑みがこぼれたのは、自身も一瞬、そう疑ったからだ。
「それはあるまい。フラウスはこれまでずっと我が軍に属していた。その間に、ハンニバル方の将を何人も討ち取ってもいる。彼こそ、今更ハンニバルに降ることなどできまい」
「そう、とは存じますが…何やら気にかかります」
「はははは」
グラックスは気持ち良さげに笑った。
「ラエリウスよ。そなたは若人。我らプレプス(平民)期待の星でもある。そのように鬱々とせぬ方が良かろう」
不思議な人の心理である。最前、自身にも不安がよぎったのに、今は、相手の不安を払う側に回っている。そうすることで、自身の不安に根拠のないことを信じようとするかのように。
翌日の夜。
グラックスは、副官ラエリウスを陣に残し、フラウスの先導で、百人ばかりの兵を伴い会見場所に出向いた。
案内されたのは、周囲を崖に取り囲まれた、見通しの利かない地形であった。
「ふうむ。ここか…」
グラックス、辺りを見回した。
「何分、彼らは人目を気にしておりますれば…」
フラウスはそんなことを口にして、前をてくてく歩いていく。
平地の真ん中に着くと、フラウスは振り返った。
「ここでお待ちを。それがしは、向こうに待機しております者どもを呼んで参ります」
「うむ」
フラウスは従者一人を連れ、前方の山林に姿を消した。
その時。周囲に、松明が一斉に灯った。
次の瞬間。
ばしゃばしゃという唸りと共に、無数の矢が降り注いで来た。
「ぐわっ」「ぎゃっ」
グラックスの周囲に立つローマ兵がばたばた倒れた。
そして、喚声が沸き上がるや、わあと無数の兵が群がり現れた。槍を突き出し突進して来る。ルカニアの兵だ。いや、そこには明らかにガリア兵も混じっている。
「これは…」
事は明らかだ。
「…く。ハンニバルに図られたか」
今はグラックスも悟らざるを得ない。
彼は将士に告げた。
「諸君。我らは敵の計に落ちた。助かる見込みはない。この上は、潔く最後まで戦い抜いてもらいたい」
将兵らはこくと頷きを見せ合った。
グラックスは剣をすらりと抜いた。
「いくぞ!諸君!」
「おおう!」
ローマ兵は、この急転直下の運命を潔く受け止めると、突進を開始した。
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