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ミルトの半生
その夜。
ラエリウスの居宅のあるインスラ。ラエリウスは、いつものように妻ミルトと食卓を囲んでいた。
「あなた…どうなさいましたの?」
「何がだ」
「そのようにムスっとなされて…」
「なんでもない」
そういって、スープをぐぐと呑み、魚の切り身を口に放り込み、ぶどう酒の杯を明けていく。
ミルトは目を丸くした。
家計を切り詰めてはいたが、夫の食事だけは削るまいと気遣っていた。夫もそのことを察し、いつもほどほどにしていたが、今日はよほどむかっ腹が立つのか、食欲に任せているようであった。
「あなた…どうなさいましたの?」
彼女はまた訊いた。近頃、スキピオの遠征に随行することが決まり、ずっと機嫌が良かったのにと思いながら。
「ヘレンニウスの奴だ」
夫は、ついに吐き出した。
「ヘレンニウス様がどうなさいましたの?」
「お前を密偵に用いたいと申す」
「え…わたくしを」
ミルトは当惑の瞳の色を見せた。
「案ずることはない」
夫は続ける。
「ヘレンニウスを叱り飛ばしておいた。今度言い出したら、幼馴染みでも容赦はせぬ。ぶちのめす」
すごい剣幕だ。よほどに腹に据えかねていたのであろう。
夫は、たいそう怒った末、そのままぐっすり寝込んでしまった。
ミルトは毛布を掛けてやると、窓辺から夜空を見上げた。無数の星々が明滅している。
(ああ…思い出す…)
彼女は、改めて己の密偵としての半生に思いめぐらした。
(あれは…アテネの奴隷市場であった)
七年前のこと。
まだ幼子であった彼女は、戦争捕虜としてアテネに連行され、奴隷として売り飛ばされた。父母の記憶はない。戦火の中、殺されたのやも知れぬ。
彼女は、裸に剥かれ、家畜のように群がる買い手の前に引き出された。
小動物のように震えていたことを思い出す。
女奴隷の買い手は様々だ。富裕の家の主などが、召使いやら愛人を求めてやって来る。奴隷市場とは、有り体に言えば、下司な空間である。
そんな中、一人、周りと異なるを人物がいた。深く頭巾をかぶって、遠くからこちらの台座を見詰めている。
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