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ミルトの半生(続き)
競りが始まった。
「300ドラクマ!」
「500ドラクマ!」
上玉ゆえ、どんどん値が吊り上がる。
そんな中、頭巾の人物が手を上げた。
「5000ドラクマだ」
男どもの驚きの視線が、頭巾の人物に集まった。
市場にどよめきが走った。全く勝負にならない、それを悟った空気である。
奴隷商人は、ほくほく顔で金貨の袋を受け取ると、
「高くお買い上げ、おありがとうございます。また上玉を仕入れておきますので、是非、またお越し下さいませ」
下卑た髭面に愛想を一杯に浮かべた。
「いくぞ」
頭巾の人物はミルトの手を引いた。
「ど…どちらに」
問いかけに、その者は頭巾をぐっと上げた。
すると、美貌の女密偵マニアケスが現れた。
「イタリアだ」
「イタリア…」
「お前は、そこで女密偵になるのだ」
「密偵…」
ミルトは、ぽかんとした。
それが何のことなのか、幼い彼女の頭脳では理解出来なかった。
ミルトがやって来た頃のイタリアは、丁度カンネーの戦い直前、動乱の最中であった。
マニアケスは、諸国を飛び回る中、新たな人材を求め、奴隷市場を巡っていたものであった。三十人ほどの少女が集められていた。
寸暇を縫って、マニアケスは、幼い彼女たちを鍛えにかかった。
「ついてこい!振り落とされては死ぬだけぞ!」
少女たちは野山を駆け回った。
そして、武具の扱いの手ほどきを一から受けた。
「短剣はこうだ。こう手首を利かせれば、力なくとも敵を仕留めることが出来る」
彼女の過酷な訓練に、付いていけない者がどんどん脱落していく。脱落した少女たちは再び奴隷市場へ戻ることになる。だから、ここに残るために誰もが必死となった。
訓練は続いた。
猛獣とも相対した。ライオンを前に一人立たされたこともある。倒すまでいかなくとも、追い払わねばならない。気絶する少女も続出した。
いや、武芸だけでなく、色業も叩き込まれた。
「娼婦を見習うのだ」
として、娼館に放り込まれたのだ。
マニアケス、まさに容赦なかった。
男の剥き出しの欲望に、少女たちは尻込みした。哀れ、泣き出し、逃げ出す者もいた。
だが、ミルトは、ここで女の狡猾を学んだ。男を色で惑わし、結局は体を許すことはなかった。その術を学んだ。体を許さずとも男を虜にする術を。
「よく学んだな。そういうことなのだ。女にはその力がある。それを利用しない手はないのだ」
ライオンを倒したときにも褒めてくれなかったマニアケスだったが、このときはたいそう褒めてくれた。
結果、残ったのは五人であった。
そして、いつの間にか、ミルトはマニアケス第一の配下となっていた。
それから間もなくである。
「カプアに参れ」
彼女の密偵としての任務が始まった。
勇者タウレアをたらし込み、首脳部の情報を探知して、マニアケスに知らせるのだ。
マニアケスの試練に耐えた彼女にとって、造作のないことであった。
(あの世界に戻る…)
それは、ラエリウスの妻となってからは、夢にも思わなかったことだ。
愛するタウレアの最期を見届け絶望したあの時。人の道に外れた行い、その反省に満ちた半生を繰り返したくない、その思いからマニアケスの許から逃げ出した。
今の夫との生活に満足し、一人のただの女として、妻として、いずれは母として生きていこう、そう思い定めていたのだ。
(だが、大恩あるスキピオ様が困っている)
ヘレンニウスがミルトの名を口にしたのも、要は、若き司令官を慮ってのこと。
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