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不安と焦燥(続き)
他方、こちらリュシマケイア近郊のローマ軍本営。
軍団長ドミティウスの威勢の良い掛け声の許、日々調練が繰り広げられていたが、全くここから動こうとしていなかった。
事実上の総司令官スキピオは、ここで日がな読書しながら過ごしていた。
そこに、国法上の総司令官である執政官の弟ルキウスがやって来た。
「兄上、こんなにのんびりしていて良いものでしょうか」
思えば初動は迅速であった。アイトリア同盟との和議をまとめ上げ、マケドニアに領内通行の許可を取り付け、マケドニアを抜けトラキアを過ぎ、ケルソネソスに到達した。だが、そこで急停止。もう季節は春夏をとうに過ぎ、秋も深まっていた。
「時機を待っているのだ。のんびりしている訳ではない」
スキピオは表情も変えずに言った。それが全てを言い表していた。
「時機…。その時機とは一体いつですか」
「海上の戦いの後、に訪れるであろうよ」
「では、当然、海戦は我らが勝つと思っている訳ですか」
「勝つ。勝たねばならぬ」
海上で敗北すれば、そのままロードス、ペルガモン両国は、アンティオコス大王の軍門に屈することになる。ローマのアジア制覇の夢は潰え去る。
「我らも、リュシマケイアを迂回し、何とかアジアに渡り、味方を側面から支援すべきではありますまいか」
ルキウスは明らかに焦っていた。
なにせ、まだ一度も大王軍と矛を交えていない。このまま終戦となれば、誇るべき功績全く得ることが出来ない。近年のギリシア方面軍司令官の全てが赫々たる戦果を挙げているというのに、あり得ぬ不面目。
「ルキウスよ」
兄スキピオは、本を閉じると、はじめて視線を弟に向けた。
「心得違いをいたすなよ」
「心得違いと申されると」
「全軍の勝利を忘れるな、ということだ。物事には順序がある」
破天荒にも似たスキピオの行動には常に一本の論理が通っていた。
ヒスパニア遠征はハンニバルの背後を衝き補給を断つこと。アフリカ遠征は終局的に勝利を収めるため。この筋を通すため、彼は様々な危険も冒した。
「戦機は明らかに海上で熟している。ここで勝利を収めねば陸上の戦機は訪れぬ。ならば、待つしかない」
明快に結論付けていた。確かに大王軍の海上優位のままアジアに渡っても、補給路を遮断されてしまえば、あっという間に形勢逆転。
スキピオはそのことを洞察していた。
(アジアに渡るには、まずは海を押さえねばならぬ)
「でも、それでは他人任せのまま…」
ルキウス、つい本音がこぼれ出た。
「他人任せ、ではない。プラエトル(法務官)のレギルスには指令を発してある」
「えっ?」
「ポリュクセニダス艦隊をイオニアに追い詰めよ、と」
イオニアの海域こそ大王の海軍最後の拠り所。
先に、エウダモスに命じ、ケリドニアイでハンニバル艦隊を阻止するよう密かに司令していたスキピオ。決して、ここで無為に過ごしていた訳ではなかった。作戦の大本は彼が決定していたのだ。
「兄上は、どこを決戦場とお考えなのですか」
「ここだ」
兄は地図のある地点を指差した。
「そこは?」
「ミュオンネソス岬だ」
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