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スキピオへの特使
紀元前190年晩秋。ここサルディス。
ミュオンネソス岬の敗戦以降、大王はここで空しく過ごしていた。
(やはり、リュシマケイアを捨てたのは誤りであった…)
冷静を取り戻してから、アンティオコス大王は後悔を日々強くしていた。
ルキウス・スキピオ率いるローマの大軍が、ついにヘレスポントスの海峡を渡ったと伝わったからだ。
「陛下」
現れたのはマニアケス。
ポリュクセニダスの救出以降、彼女は大王の侍臣として働いていた。
「お、そなたか。海上はどうであった」
「は。エフェソスにて海上の戦力をかき集めております。ポリュクセニダス殿も挽回を期して動いておられます。今少しならば支えることが出来ましょう」
そういう言い方をした。
海上の趨勢はローマ側の優勢が確固たるものとなった。だから、大王軍の艦隊には、それを今しばらく支える、その役割が求められる。
「今少し…か」
大王は溜め息をついた。
それは決断の時が近いということだ。
(和睦か…決戦か)
「そなたはどう思うか。ここはひとまずローマと和睦してはと思うのだが」
それは決して、ローマに臆して、ということではなかった。
潮の如きローマの優勢を食い止めるには、和平を名目に戦いをやめアジアの領土を確保し、力を蓄える方が良いと思ったからだ。アンティオコス、決断は遅いが、誤りは少なかった。
「今の線で和睦が成るのならば、悪くないかと存じます」
マニアケスも頷いた。
今の線とは、ヨーロッパ側(トラキア)の放棄、アジアの一部をペルガモン王国やロードスに譲るにとどまる、ということ。
「ならば帝国の土台は揺るぎませぬ。そうしておいて、ロードスとペルガモンの仲を裂いていけば…」
実は、ロードスとペルガモンは、今は対アンティオコスで結束しているものの、それほど良好な間柄、ということではなかった。
ロードスはエーゲ海の守護者を自認している。対するペルガモンも、エーゲ海への野心を隠すことはない。そのためアイギナ島を海外領土として維持しているのだ。また、ロードスは民主制、対するペルガモンは王制。つまり、両国は、マケドニアやシリアの脅威がなければ、本来競い合う間柄なのである。
「調べた所、スキピオ・アフリカヌスは、未だアジアに渡っておらぬとのこと」
「ほう、なにゆえぞ」
「はい。彼は、今年、サリイの祭司の任命を受けているようで。その祭儀のため、足止めを食っているとのこと」
サリイとは、軍神マルスの祭儀を執り行う団体のこと。ローマの貴顕の人々が二組12人ずつに分かれ、祭儀の挙行を義務づけられる。
指定の衣装に身をまとい、三月と十月にマルス神に踊りを奉献する。時は十月。スキピオは、その義務のためリュシマケイアからほど近い所に留まったままであった訳だ。
このため、執政官ルキウスの軍勢はアジアに渡った所で進軍を停止していた。
「我らにはまことに幸い。この貴重な猶予の間に、スキピオを説くのでございます」
「なるほど…」
大王は、弁舌巧みなビュザンティオン出身のヘラクレイデスという人物を使者として差し向けることにした。そして、彼を補佐する任にマニアケスを密かに付けた。
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