新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 ローマ講和会議−エウダモスの演説(さらにさらに続き)
「もう一つ、疑問というか懸念がございます」
「何かな?」
「我がローマはアジアに拠点を得ないのでございますか?」
 それは元老院の一部に燻っている意見だ。ローマの領土をアジアに広げる好機ではないか、ということ。同盟国に全て分けてしまうことに違和感が残っていた。
「まだ早い」
「早い?」
「いずれその時が訪れよう。今は、同盟国を増やし、その領分を拡大してやることだ」
 恐らくは、セレウコス朝あたりを標的にした見通しであろう。巨大な国家こそ崩壊すればあっという間だ。それだから、国家というのは適当な領分に満足することが肝要。征服国家は遅かれ早かれ崩壊するしかない定めなのだ。




「我がローマは、ゆっくり領分を拡大して来た。だから、安定している。アレクサンドロスの如き無謀を冒すべきではないのだ」
 アレクサンドロスの帝国は、征服国家の成長と崩壊の見本でもある。急激に膨張した帝国は、彼の死と共に瞬く間に崩壊した。
 ローマはゆっくりゆっくり成長した。ハンニバルとの戦いでヒスパニアやシチリアなど領域は急拡大したが、これは必死の防衛戦争の副産物であるし、むしろアフリカはマシニッサに任せるなど、領土拡大の抑制に努めていた。
 こういう国家戦略こそがローマ国家の安定成長に資していた。いや、このペースの拡大ですら、後に述べる深刻な社会問題を引き起こしてしまう訳だが…。




 その日の会議は、最後にシリア王国の使節アンティパトロスとゼウクシスの、講和受諾にローマ市民の支持ありたしとの切々なる弁明で終わった。
 元老院は、会議の結果、ルキウス・スキピオの締結した講和条約を承認し、コミティアにかける手続に入った。そして、コミティアも異議なく承認した。ここに講和条約は発効を見ることになった。
 肝心の領土分配であるが、ペルガモンにはタウロス以西の大半を与え、ロードスには本島の対岸カリアとリュキアを与え、アンティオコス大王と戦った主要なギリシア人都市の独立と自治は認められたが、ペルガモン統治下の都市はこれまで通りとされた。
 そして、諸国家の紛争解決のため、特使10人が選ばれアジアに派遣することが決まった。ギリシア人都市の様々な主張の当否を、遠くローマにあっては判断出来ないためだ。


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