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アパメイアの和約(続き)
明けて紀元前188年春。
執政官ウルソは、ローマ本国からやってきた特別委員10人とエウメネス王と共に、アパメイア(現ディナル)を目指して進んだ。シリア王国側と正式に講和条約に基づく誓言を交わすため。
大王の特使として重臣ムサイオスが現れた。
彼はローマ軍に約束していた兵糧の提供などの事務を遂行した後、宣誓と条約の文言についてウルソやエウメネスたちと協議を始めた。
条約をどのように履行するか、関係国が多数に及ぶため、話し合うことは幾らでもあったろう。そのため元老院は特別委員10人を送り込んで来たのである。
こうして条約は確定した。その要旨をここに掲記しておこう。
「一 アンティオコスは、条約を遵守する限りローマとの間に永久に友好が維持される」
ローマの流儀として恩恵から記されているが、恩恵の条項はこれだけであった。
この後は、専らアンティオコスの履行すべき義務が延々と規定された。
「二 アンティオコスは、ローマとその同盟国の敵に、領内の通過を認めてはならない」
「三 アンティオコスは、ローマと同盟国の捕虜、逃亡奴隷を無条件に返還すべきこと」
「四 アンティオコスは、最上質のアッティカ銀で12000タラントンを賠償金として支払うべきこと。支払方法は毎年1000タラントンを12年間で支払うべきこと」
これらは先に締結した内容と全く同じ。ただ、賠償条項で銀の質にまで言及しているのはローマらしい用意周到だ。アッティカ銀とはアテネで流通する銀若しくは銀貨で、当時の国際通貨とされていた。
「五 アンティオコスは、軍船を引き渡し、保有出来るのは無甲板船十隻のみとする」
これも厳しい規定だ。無甲板船とは甲板のない船、戦艦たり得ない代物だ。海軍放棄に等しい規定である。
「六 アンティオコスは、18歳以上45歳以下の人質を二十人差し出し、三年ごとに交替させること」
既に人質として大王の三男アンティオコス王子が差し出されている。
とにかく厳しい内容が続く。ただ、カルタゴと締結した条約と異なり、
「七 アンティオコスは、戦争を仕掛けてはならないと定めた諸国がアンティオコスに戦争を仕掛けた場合には、これに対して戦争をすることが許される」
戦う権利が認められた。これはローマの同意がなければ戦うことが一切許されないカルタゴとは大きな違い。やはり、降伏したとはいえ、ある程度の国力を温存していることが背景にあるのであろう。セレウコス朝の勢力はまだまだ巨大。
以上、極めて厳しい要求が続くが、その中に注目すべき条項があった。
「八 アンティオコスは、可能であれば、カルタゴ人ハンニバル、アイトリア人トアス、アカルナニア人ムナシコロス…を引き渡すこと」
一見先のスキピオの要求と同じに見えるが、ここには、先にスキピオの要求の際にはなかった『可能であれば』という文言が加わっていることだ。字句通りに読めば、『可能でなければ』引き渡す必要はないということになる。
事実、アイトリア人たち戦犯は身柄拘束され引き渡されたが、ハンニバルは引き渡されることはなかった。すでに逃亡して行方知れずと言い訳を構えた。
それが言い訳に過ぎないというのは、誰にでもわかる。
アンティオコスは辛うじて面目を施したといえようか。
「ハンニバルは我が忠臣。その身柄をどうしてやすやす敵に引き渡せようか」
人の上に立つ君主としての最低限の矜持であったろう。
ローマ執政官ウルソ、ペルガモン王エウメネス、ロードスほか諸国の使節、シリア王国ムサイオスの宣誓の下、講和条約が正式に締結された。
ここにアンティオコス大王が不在であったから、特別委員のうちから二人を王都アンティオケイアに派遣し、大王から誓言を受け取り、条約履行の保証を得た。
こうして講和条約は完全に発効した。
締結された地に基づいて『アパメイアの和約』という。この条約こそが、新しい地中海世界秩序を規律することになる。ローマを頂点とした新しい時代の始まりであった。
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