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フィリッポスその後−剥げ落ちた仮面(続き)
憤怒の形相となったフィリッポス王。
「トラキア総督オノマストスを呼べ!」
儀仗をびしと床に叩き付けた。
「ははっ」
侍臣は飛び上がって駆け出した。王の機嫌を損じれば、地位はおろか生命すらも消し飛ぶのを眼前で見て来た彼らなのだ。
総督オノマストスも慌ててやって来た。
「陛下、オノマストス、参上しました!」
「オノマストス!例の準備は出来たか!」
叩き付けるように訊いた。
「は…あの…例の件でございまするか?」
総督オノマストスは上目遣いになった。
「そうだ!」
「本当に…やるのでございまするか?」
総督は重ねて訊いた。
「何の躊躇か!」
「されど…もし露見すれば、ローマ元老院はどのような報復を加えて来るか…」
どうやら、よほど非道な事のようであった。
「そんな心配は必要ない」
王は冷笑した。
「ローマは遠く我がマケドニアは近い。あり得べき報復を思えば、奴らも口をつぐんているよりほかあるまいて」
それは暴君の発想そのもの。だが、暴君の暴政が永続するなどあり得ない。それに思い至らないのも暴君そのもの。
その日、オノマストスは、腹心でマロネイア駐留軍司令官カッサンドロスに命じた。
「直ちに取りかかれ。陛下の御命が下った」
「ははっ」
カッサンドロスは任地マロネイアに戻った。
彼はマロネイア市民から口々に訊ねられた。
「司令官殿、陛下の御気色はいかがでしたか」
というのも、マロネイアは親マケドニア派と親ペルガモン派に分かれ、その親ペルガモン派の市民がエウメネス二世王にフィリッポス五世王の所業を密告したとされていたからである。
(フィリッポス王の報復があるのではないか)
その噂に両派問わず全ての市民が怯えていたのだ。
「心配は必要ない」
カッサンドロスは快活に笑った。
「我が陛下は怒ると凄まじいが、それは嵐のようなもの。ひととき過ぎれば、何もなかったかのような凪となる。安心し給え」
その言葉に市民は一様に安心した。なぜならば、彼は、王の重臣オノマストスの腹心。当然、フィリッポスの心を察し得る地位にある。
だが、惨劇はその安心した直後に起きた。
その夜。マロネイアの城門が密かに開けられた。
「よし、入れ」
入って来たのは、獰猛なトラキア兵。導いていたのは、なんと市の安全を守る筈のカッサンドロスその人であった。
トラキア人はギリシア人の宿敵。隙あらば破壊略奪にやって来る。まあ、トラキア人に言わせれば、ギリシア人こそ侵略者であると反論したろうが…。
そのトラキア人を招き入れたらどうなるか。自明過ぎるほど自明な事が起きた。
「さあ、遠慮するな!全てを破壊しろ!」「皆殺しにしろ!」
大喚声を上げて市内に突き進むと、家々を略奪し始めた。
「うわ、何事だ!」「ひーっ、トラキア人だ!」
何の警戒もしない暗闇に襲撃を受けたのだ。たまったものではない。
財産を奪われた、それで済んだ者は僥倖ですらあった。多くの市民は、老若男女を問わず通りに引き出され、トラキア兵の残酷な刃を受けた。悲鳴が市内に響いた。
トラキア兵は思う存分、略奪と殺戮の宴を繰り広げた。
夜が明けると、数千のギリシア人市民の死体が転がっていた。
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