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フィリッポスその後−錯乱の末に(さらに続き)−終章15
「そうじゃ…確か先王にも子がおったはず…」
病床の中で王は思いついた。
先王とはアンティゴノス三世。クレオメネス戦争を勝ち抜きギリシア世界に覇を唱え、フィリッポス五世に王位を譲り渡した王。
「は。確かアンティゴノス殿がおられます。今は、どごその地方の総督であったかと」
そう。フィリッポスは、王位継承後、先王アンティゴノスの子を冷遇した。だから、これまで先王に子がいたことすら忘れていた。
「彼を呼び寄せよ」
「え!」
「彼に王位を継承させる。アンティゴノス王の子ならば申し分なかろう。少なくともペルセウスよりは遥かにマシに違いない」
王は、自分を欺き、息子殺しを強いたペルセウスを心底憎悪した。
「ああ…デメトリオスがおれば…。あれならば、強国ローマとも硬軟自在対応出来たろうに…。余はなんという軽挙を…」
今度は後悔した。憎悪と後悔。感情の荒海の中に、暴君はまさに溺れていた。
こちら王都ペラ。
「なに…!父君がアンティゴノスに王位を継承させると!」
ペルセウス王子は目を剥いた。
「馬鹿な!継承者は余のほかあり得ぬ!今更何を仰せか!」
策を選ばず弟を死に追いやり、ようやく開けた王位への道。
(父はお怒りであろうが、いずれは私に王位を譲るであろう)
その期待を胸に、このペラで自重の日々を過ごして来た彼。
「ですが、陛下の勅が発せられ、ディアデマ(王環)がアンティゴノスの頭上に載れば、事は決してしまいます」
答えていたのは、なんとフィロクレスその人。
(陛下には申し訳ないが、もはやペルセウス王子で決まり。ならば、保身を図らねば)
宮廷人独特の保身術。勝ち馬に乗らねば生き残れないのがマケドニア宮廷なのだ。
王が都を離れた時点で、彼の心も王から離れてしまっていた。
(このままペルセウスが王位を継げば、私はこの片田舎に忘れ去られることになる)
「どうすればよい」
「薬を少しずつ増やします」
フィロクレスは気味悪い笑みを浮かべた。
そう。この悪臣は、かつてアラトスを葬った折に用いた毒薬、じわじわ効き目を発揮するあの薬を用いていたのだ。
「だが、その前にアンティゴノスの戴冠が決まれば、手遅れではないか」
王子は憮然とした。
「そこは、王子様が何とか足止めをしておいて下さい」
フィロクレスは苦笑した。
「あと僅かの辛抱なのですから」
ここアンフィポリスの離宮。王の容態は日増しに悪化した。
「フィロクレス…アンティゴノスはまだ来ぬのか…」
待ち詫び続けていたが、待ち人が来ることはなかった。アンティゴノスは、王都ペラでペルセウス王子に体よく軟禁されていたからだ。
「まだか…まだなのか…」
もはや、病床の王に只一人の味方もいなかった。
それからしばらくして…。
マケドニア国王フィリッポス五世は世を去った。享年五十九歳。
アレクサンドロス大王の後継者を自負し北船南馬に東奔西走。その彼が掴み取ったのは、領土や人民ではなく、ましてやメガスの称号でもなかった。乱暴背信忘恩憎悪。およそ暴君として兼ね備える全ての悪徳であった。
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