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ハンニバルその後−駸々滔々
紀元前183年初め。
ここビュテニアは、アパメイア和約成立以降、皮肉なことに連年戦いの渦中にあった。
「さて、ハンニバル君、エウメネスとのことであるが」
プルシアスは下問した。
話題の俎上エウメネスとは、無論ペルガモン王エウメネス二世のこと。
和約後、ビュテニアとペルガモン両国は対立した。というのも、アパメイア和約の一条項は、ビュテニアがペルガモンから奪った地域の返還を定めていたが、プルシアスが何の彼の口実を設け拒んで来たからだ。
ついに紀元前186年、両国の間に戦端が開かれ、断続的に戦闘が継続し、戦いは三年越しとなっていた。
ハンニバルを招いたのも、前線に立たせるわけにはいかないが、軍師参謀としての役割を期待したものに違いなかった。
「こっそり知恵を借りるだけならば、ローマとて咎めることは出来まい」
プルシアスらしいしたたかさである。
宮廷内にはハンニバル招請に反対する向きもあった。
特に、プルシアス王子(後の二世王)は強く反対した。
この王子は、その容貌およそ勇敢な民ビュテニア人に似つかわしくなかった。容貌醜く、背が一般人の半分ほどしかなかった。それは先天性のものでやむを得ないとしても、逞しさに欠け武勇の素養まるでなかった。
君主の理想像がヘラクレスのような美貌で勇武を兼ね備えることとされていた時代にあって、これだけで十分不人気の理由となるのに、その所作まるで女の如くであったらしく、加えて淫らな欲望も旺盛ときた。こうなると、生理的な得難い不快感を与える。
市民家臣に陰口を叩かれる始末で、歴史家ポリュビオスも、卑怯で臆病で苦労に耐えることもできぬ、と散々にこき下ろしている。
だが、当人は、人臣の風評などどこ吹く風で野心満々。唯一の取り柄は頭脳の回転の速さ。これが父に重宝された。だから、父王から廃嫡されることなく、太子の地位を保ち続けていた。
この時も、そのよく動く頭と口で父を見上げた。
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