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ハンニバルその後−野原に散る(さらに続き)
ハンニバル一行は、ミルトと別れると、北の山路をとった。
一行とはいえ、従うのはマニアケスと荷物を乗せた騾馬を引く従者一人。
「何ゆえこちらの途を」
マニアケスが訊いた。
「プロポンティス海からポントス海(黒海)に出る航路では時間がかかり過ぎ、ビュザンティオン(現イスタンブール)で追捕の手にかかるやも知れぬからだ」
要は、難路は承知で最短距離でポントス海沿岸に出て、そこでボスポロス行きの船を探そうという肚だ。常に合理的かつ難しい途を選択する、それはハンニバルの生き方そのものだ。
やがて山を越え、北の麓に出た時である。
そこは、一面に花が咲き誇る、田園であった。
「まあ美しい…」
マニアケスの顔が綻んだ。
「ここまで来れば大丈夫であろう」
ハンニバルも安心した。
だが、それはおよそ彼らしくなかった。勝利に勝利を重ねたあのイタリアの時も、彼は安心したことはなかった。薄氷の上にある境遇を常に意識し、厳しく己を律して来たし、将兵を統率して来た。
「あっ!」
マニアケスが短く叫んだ。
数百の兵が林の中からわらわらと現れたからだ。
指揮官はプルシアス王子。
ハンニバルは唇を僅かに歪めた。
「王子、よく我らがこの途を取るのがお分かりになりましたな」
「はは。貴公が地下道を幾筋掘ろうとも、世にある道は限られておるからな」
まさに達観。王都ニコメディアから通ずる街道は三筋ほど。その道筋さえ押さえれば、追跡はできるのだ。
これもプルシアス一世王の洞察であった。
「それっ!」
王子の合図に一斉に矢が放たれた。
「危ない!」
マニアケス、咄嗟にハンニバルの前に身を投げ出した。
ために、彼女の体に三筋ほど矢が突き立った。
「マニアケス!大丈夫か!」
「なんの…これしき」
彼女は主ハンニバルの警護の時、常に用心のために鎖帷子を仕込んでいる。
だから、致命傷ではなく、腕肩に突き立っただけの軽傷の筈であったが…。
「う…」
マニアケス、なにゆえか体勢をぐらりと崩した。
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