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アゲシラオス王率いるスパルタ軍の進路です。
<これまでのあらすじ>
10.9掲載の「アテネ海上同盟−カドメイアの章14」の冒頭をご覧ください。
テバイ攻め−上
紀元前377年春。
スパルタ王アゲシラオス率いる大軍は、スパルタを進発した。先陣の大将に若き将軍パウサニアス、中軍には軍団長デイノン、フォイビダス将軍、参謀にアンタルキダスなど、錚々たる顔ぶれであった。
アルカディアやコリントスなどの同盟国の兵と合流しながら、ペロポネソスの山峡を越えてメガラに到着したときには、総勢一万五千に膨れ上がっていた。
王は、直ちに軍議を開き、諸将を前に宣言した。
「かつての恩を忘れ、ラケダイモンに刃向かうアテネこそ最大の敵国。まず、アテネを叩き、しかる後にテバイを討つ。エレウシスよりアテネに攻め入る」
大軍の矛先は、まず、アテネに向けられた。
アテネでは、スパルタ軍が当然テバイに向かうものと思い込んでいたため、ボイオティア地方との国境に近いエレウテライに兵を集結させ、スパルタの側面を攻撃しようと展開していた。が、予想に反し、アテネに大挙攻め込む気配に驚き、慌てて退却してエレウシスの守備を固めた。
スパルタ軍は、エレウシスを臨む地に砦を築いた。
その物見台に二つの影があった。
アゲシラオスとアンタルキダスの二人がエレウシスの街を望んでいた。
「敵は防御を固めたのう」
「は。破るのは容易ではありませぬ」
エレウシスの城には、アテネの軍旗が多数翻り、断固死守の構えを見せていた。ここが破れれば、たちまちアテネ本城に迫られるのだから当然である。
「ならば、そろそろだな」
アゲシラオス、にやりとした。
アンタルキダスも頷いた。
「はい。この地はメガラ軍に任せ、さらに擬兵を置き大軍に見せかけ、北上いたしましょう。敵が気付くころには我らはテバイを攻め破っておりましょう」
「よし」
その夜、同盟国のメガラの兵千五百を残すと、スパルタとその同盟国の軍勢は北上を開始した。そして、キタイロン山を越えてプラタイアの街に入った。
アゲシラオスは、そこでテバイの情況を物見の兵から聞きとった。
「テバイは、テスピアイ方面から我らの進軍を予想しておるようで、テスピアイとそこからテバイへの道筋を固めております」
「なるほど」
テスピアイは現在テバイの勢力下にある。ここがスパルタに制圧されれば、テバイは、常に側面から脅かされることになる。そこを固めるのは当然といえた。
「王よ」
「なんだ、アンタルキダス」
「テスピアイもなかなかの要害。さらに、そこからテバイへの道筋にはキュノスケファライの山など、伏兵を置くには絶好の地もあり、兵を速やかに進めるには、なかなか難しいものがあります」
「そうだな。エパミノンダスはなかなかの策士と聞く。用心せねばならん」
「はい。そこで、西のテスピアイに進むと見せかけ、東に進みエリュトライの街に入り、そこからテバイ南東の地にあるスコロスの砦を占拠するのです。ここを獲れば、テバイは丸裸も同然。一挙に押し包んで攻略するのです」
「ふむ、なるほど」
アゲシラオス、大いに頷いた。
「フォイビダス!」
「はっ!」
「そなたは、テスピアイ方面に進み、大軍をもって攻めかかるとの風評を流せ。しかし、我らからの合図があるまで、テスピアイに攻め込んではならぬ」
「はっ、かしこまりました」
「他の諸将は、エリュトライに進む。直ちに進発だ!」
「ははっ!」
スパルタの大軍は、フォイビダスの一軍を置いて東に進んだ。そして、エリュトライに入り、ここで兵糧の補給を済ませると、すぐに北上し、スコロスの砦に攻め込んだ。
スコロスの砦はテバイの南方の国境を防衛する重要な地点であり、堅固な砦だった。しかし、ここからの攻撃を予想していなかったのか、少数の兵しか置かれていなかった。ために、突如現れたスパルタの大軍の猛攻に、あっという間に落城してしまった。
テバイでは、評議会が招集され、対応策を協議していた。
「なあに、またアテネと挟み撃ちにして撃退してくれる」
「そうとも。スパルタ怖るるに足りず」
一度勝利しているためか、人々はどこか楽観していた。しかし、
「敵はテスピアイに進むと見せかけ、スコロスに攻め込みました!」との知らせに騒然となり、続いて、
「スコロス陥落」の一報が届くと、評議会はしんと静まり返った。
それは、スパルタの大軍がこのテバイに迫ってくること、即ち、この地が戦場になることを意味したからだ。しかも、敵の総大将は、ギリシア中に勇武を轟かせたアゲシラオスその人。
居並ぶ人々は、皆、顔面蒼白となった。
末席にいたスキピオも、体を硬くして、ぎゅっと膝頭を掴んでいた。
(これは容易なことではない…)
アゲシラオスの恐ろしさを痛いほど知っているからだ。
ただ、ペロピダスは、ふて腐れたような顔をして空を見つめている。
「急ぎアテネに使者を出し、援軍を求め、籠城すべきである」
カロンが意見を述べた。彼の顔も蒼い。
「いや、アゲシラオス如き、恐れるに足りぬ。出撃してまっすぐアゲシラオスの本陣に攻め込み、やつを討ち取るべきだ」
ゴルギアスは、興奮しているのか、顔を真っ赤にして勇ましい意見を吐いた。
カロンは、とんでもないという顔で反対する。
「敵を甘く見てはいかん。今すぐ動員できる味方は二千程度。敵は八千。包囲されて全滅してしまう。ここは籠城して頑張るべきだ」
「そのような消極策で勝てようか」
打って出るべきと主張する若い将、自重して籠城をと主張する年長の将。意見が鋭く対立した。
エパミノンダスは黙っていた。
彼は、こういう時には黙っておくべきだと思っていた。対立する中で意見をいうと、必然、どちらかの側に立つことになるが、それは他方に不満が残るからである。勿論、これが可能なのは意見を求められる器量の持ち主だけであるが。
議論がいよいよ激してくると、カロンが、
「エパミノンダス殿。貴殿はどのようにお考えか?」と水を向けてきた。
皆の視線がエパミノンダスに集まった。
「一つ策があります」
「まさか、出撃なされるというのではありますまいな」
「いや、私も籠城すべきと考えております。が、その前に一撃を与えます」
「一撃を…どうやって?敵は味方の三倍以上の兵力を擁しているのですぞ」
「敵もそのように考え、我らが籠城していると思っているはず。そこで…」
エパミノンダスが立ち上がり説明した。
「なるほど!それは妙案にございますな!」
カロンが大きく頷いて得心すると、若い将も感嘆の声を上げた。いや、いつの間にか、皆、目を輝かせて、エパミノンダスの作戦を聞いていた。
「諸将の配置であるが、メロンはヒュプシスタス門(南門)を、デモクレイデスはエレクトラ門(南東の門)の守備についてもらいたい」
「分かりました」「おう」
「カロン殿は、フェイリダスと共にこのカドメイアを固めてもらいたい。フォイビダスの時のようなことが起これば大変ですからな」
敵は外だけにいるのではない。そう。スパルタ派の市民がいた。
スパルタ派の市民は、エパミノンダスらの政権掌握後、息を潜めていたが、その潜在的勢力は侮れなかった。彼らが城外のスパルタ軍と呼応すれば、いかに合戦で勝利してもテバイが再び占領の憂き目にあうことは明白であった。
カロンもすぐに理解した。
「分かりました」
「そして、私とペロピダス、ゴルギアス、スキピオは…」
エパミノンダスが、テバイ周辺の地図を示しながら、矢継ぎ早に指図する。
それから、テバイの街に、軍靴と軍馬の駆ける音が響いた。そして、それぞれ配置について、スパルタ軍の襲来を待ち受けた。
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