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アポロドロスの来訪
ティモテオスは、パシオンから用立てられた資金で武具や兵糧の補給も済ませ、全艦隊をピレウス港に集結させていた。そして、副司令官と各軍船の艦長を集めて、最後の打ち合わせをしていた。
ちなみに、艦長は富裕な市民の中から選出され、艦船の維持費と乗組員の兵糧などを賄う義務があった。莫大な負担であったが、市民にとって大変名誉な役目とされていた。
現に、ティモテオスの前に集まった彼らは、英気凛々としていた。いや、指揮官が海戦の名将ティモテオスということも士気の高い要因であったといえよう。
「諸君、抜かりはないであろうな」
「ございませぬ」
「では、今宵は兵をゆっくり休ませ、明日の出航に備えよ」
艦長たちは退出した。
それと入れ替わりに入ってきた副官がティモテオスに耳打ちした。
「ここに来ておるのか?」
ティモテオスは怪訝な顔をした。
「いかがいたしましょう。大事な出陣の前。追い返しますか?」
少し考えていたティモテオスであったが、
「いや、会おう」といって席を立った。
別室に赴くと、その意外な客が待っていた。
アポロドロスである。
ティモテオスは知っている。スキピオの学友として、さらにパシオンの息子として。いや、ヘレネからも聞いている。
『お父上のパシオン殿のお仕事を嫌がっているみたい。家業は弟に任せて、ゆくゆくは市民として名を馳せたい、アカデメイアの学友たちに、よくそう言っていたみたいね』
何分パシオンには莫大な資金を用立ててもらっている義理もある。また、その息子が何のために来たのか、ティモテオスは興味を抱いた。
そのアポロドロス、深々と一礼して、
「お忙しいところ、申し訳ございませぬ」と詫びた。
「おお、構わぬが…。どうしたのだ。こんな夜に」
「はい。父上のことを詫びに参りました」
「パシオン殿のことで詫びを?なぜだ」
「はい。父が閣下に僭越な願いことをして、さぞ不愉快に思われたことと存じまして」
ティモテオスは、一瞬何を指しているのかわからなかった。
「僭越な願い…。ああ、市民権のことか」
「はい。まことに申し訳ございませんでした」
謝りぬくアポロドロスに、ティモテオスは困惑の表情を浮かべた。
「これこれ。私が不愉快、とは思い違いであるぞ」
「しかし。遠征資金を用立てる代わりに市民権付与を願い出るなど、市民たる者の行いではありませぬ。父上の咎はわたくしが負いますゆえ、なにとぞ御容赦のほどを」
「ふーむ。それで詫びに参ったのか…」
ティモテオスは苦笑した。
(息子という存在は父親に厳しいものであるが、これではパシオンも大変だな)
「アポロドロスよ。そなたは父の仕事を軽んじているようであるが、それは違うぞ」
「どういうことでございましょう?」
「人には役目があるのだ」
「役目?」
「そうだ。戦において、武勇ある者は先鋒の大将となり、智ある者は参謀となって、勝利に貢献する。同じく、国を富ませることも国家にとって極めて大事なこと。その役目をそなたの父上は担っておるのだ。私は、そのお陰で出征することができる。これも大変な功なのだ。卑下することではない」
「しかし…」
アポロドロスは不満顔であった。
そう。彼は、ティモテオスのように戦で功を立てるか、政治に手腕を発揮して功を立てたいと念願していた。
この時代、商人は蔑まれる傾向にあった。自由な市民とは、生活の糧を気にすることなく、アゴラで政治の談義をなし、必要とあらば将軍や評議会議員・裁判官となって、国家に尽くす者をいうとされた。アポロドロスは、そういうアテネ市民の気風に強く影響を受けていたのだ。
「そのようなことをくよくよ考えることこそ、大事をなす男子とはいえぬぞ。もっと、父親のすることを大きな心で見てやるがよい。よいな」
ティモテオスに懇々と説かれ、アポロドロスも不承不承、
「分かりました。閣下の仰せに従います」と答え、やがて退出した。
このパシオンとアポロドロスの親子の葛藤は、微妙にアテネ国家の命運に影響を及ぼしていくことになる。
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