|
副司令官アウトクレス
翌日、アテネ艦隊は出航した。
アイギナ島沖を進み、ペロポネソス半島をぐるりと周って、進んでいく。
副司令官はアウトクレス。あのアカデメイアてスキピオと共に学んだあのアウトクレスである。アカデメイア副学頭スペウシッポスの推挙で登用した。
当初、ティモテオスは登用を渋った。スキピオから、その人となりを聞いていたし、何よりも彼自身、討論会における彼の振る舞いを見ていたからだ。
が、スペウシッポスは、その彼を、熱心に推薦した。
「確かにアウトクレス、学問も弁論も優秀とはいえませぬ。が、一つ取り柄がございます」
「なんですかな?」
「ひたむきに物事に取り組むことでございます」
「ははは。それが取り柄といえますかな」
「将に必要なのは戦略を理解する聡明、危険を怖れぬ勇気、様々ありましょう。が、司令官の命令を忠実に遂行することも大いなる才能ではありますまいか」
スペウシッポスは熱弁をふるって続ける。
「もし、戦地に臨み部下が独断で勝手なことをすれば全軍の生命が危険にさらされましょう。アウトクレスは、確かに猪突猛進な男で総帥の器ではありませぬが、主将に懸命に尽くす男。必ずや、閣下のお役に立ちましょう」
スペウシッポスとしては、不出来な卒業生の将来を慮っていたのかもしれない。また、卒業生を然るべき官途に就けることがアカデメイアの発展につながる、そういう思惑も多分にあったであろう。
「副学頭がそこまでおっしゃるのであれば、それに従いましょう」
ティモテオス、笑って了承し、彼を副官の一人とした。
そのアウトクレス、スペウシッポスの期待に反せず懸命に働いた。
夜間の見張りにも率先として立ち、危険な斥候の任務にも進んで手を挙げた。そのため、彼は将兵の信頼を集め、ティモテオスを大いに補佐した。
(これは嬉しい誤算だ。これならばケルキュラ攻めの副司令を任せられる)
ティモテオスは彼を見直し、次第に重用し始めていた。
そのアウトクレス、しきりに艦の舳先(へさき)から前方に目を凝らしていた。
「提督、敵は姿を現しませぬなあ」
そうであった。敵の眼前、スパルタ本国のあるペロポネソス半島の沿岸を悠々進んでいるというのに、敵艦隊の妨害がないというのは不自然だった。
「まあ、敵にも思惑があるのであろうよ。とにかく用心して進むことだ」
が、その後も、半島南端のスパルタ領のキュテラ島、メッセニアの沿岸を進むも、敵影ひとつ現れない。鼻先を通っているのに知らん振りだ。
「提督。いくらなんでも、これは、おかしいですぞ」
「どこかで待ち構えているのであろうよ」
ティモテオスには、海戦の名将としての嗅覚がある。
ペロポネソス半島の西端ピュロスの沖を通り、聖地オリンピアの対岸を北上すると、イオニア海に浮かぶアカルナニアの島嶼群が現れる。待ち伏せしているとすれば、ここであろうとティモテオスは考えていた。
島嶼群の東の対岸に、アテネの同盟国アリュゼイアがあった。ティモテオスは、ここで補給し、兵を休ませてケルキュラに向かうつもりであったが、おそらくスパルタ側もそれは察知しているであろう。
島嶼群の中に、あのイタカ島がある。トロイア戦争の英雄オデュッセウスの故郷だ。島の東側は、大きく湾曲し、あちこちに浦があり、艦船を隠す絶好の海域。
「アウトクレス!」
「はいっ!」
「イタカ島の周辺に物見の船を出せ。漁船か何かに見立ててな」
「ははっ、かしこまりました!」
アウトクレスは、直ちに数隻の漁船に扮した小船隊を率いて、先行していった。
ティモテオス率いるアテネ艦隊は、ペロポネソス半島西北に浮かぶザキュントス島で物見の報告を待つことにした。ここは同盟国。兵たちは、久々に陸地で体を休めた。
当時の軍艦の三段櫂船に居住空間はないので、夜は、浜辺に船を引き揚げて、兵員は浜辺で休むのが普通であった。が、アテネ艦隊は、途中、スパルタ領を通過していたため、兵は、やむを得ず狭い甲板で眠りをとっていたのだ。
春のイオニア海は穏やかである。兵は宿営地でうとうとしていた。ティモテオスは、時折、地図を眺めて戦略を練る他は、好きな読書に耽っていた。
数日が経過した。
いつものように本に目を通していると、兵が駆け込んできた。
「提督!アウトクレスが戻ってまいりました!」
ティモテオスは静かに本を閉じた。
「すぐに通せ」
間もなく漁民に扮したアウトクレスがやってきた。
「ご苦労であったな。して、どうであった?」
「はい。閣下のご推察どおり、イタカ島の、とある入り江に敵艦隊が潜んでおります。その数およそ五十隻」
「そうか。我らが北上するのをやり過ごし、背後から襲い掛かる作戦であろう」
「いかがいたします。敵が出てくるのを待ちますか?」
「そんな悠長なことは言っておられん。今回の作戦は、ケルキュラのアテネ派市民との連携の上に立てられている。我らの来援を、首を長くして待っているはずだ」
ケルキュラは、伝統的にアテネに与する民衆派とスパルタに与する寡頭派の対立が激しく、幾度となく血で血を洗う凄惨な内乱を経験していた。今回も、アテネの遠征に合わせて、アテネ派の民衆が決起することとなっていた。スパルタ艦隊が、入り江から這い出てくるのをのんびり待っているわけにはいかない。
「わたしに考えがある。耳を貸せ」
ティモテオスは、アウトクレスの耳元で囁いた。
「それは名案でございます」
その夜、アウトクレス率いる艦隊が闇に紛れて出航した。
そして、翌明朝、ティモテオス率いるアテネ艦隊が出発した。
小説ブログのランキングに参加しています。
大変励みとなっておりますので、下記URLのクリックをお願いいたします。
クリックの回数により加点され、ランキングされるシステムとなっております。
https://www.blogmura.com/ にほんブログ村
よろしくお願いいたします。
|
すごい才能ですね!写真も素敵、ありがとうございました。
2007/10/28(日) 午前 1:29 [ ひみこ ]
ありがとうございます。是非またお越しください。
2007/10/28(日) 午前 11:14
適材適所っていうのは大事なことですよね。(^o^)
2009/4/10(金) 午後 1:48
らんらんさん、こんにちは
大事なことですよね
今なら会社の浮沈
昔なら国家の存亡
に直結してきますからね
2009/4/10(金) 午後 4:17