新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 密約
 紀元前371年7月。
 スパルタの木々の緑が深まるとき、ギリシア全土から使節団が続々やって来た。
ために、街は人また人で溢れかえっていた。
 外国人の入国をほとんど認めない、鎖国政策を採るスパルタにとって、史上稀に見る奇観であった。
 また、その集まってくる面々は錚々たるものであった。
 マケドニア国王アミュンタス三世、シラクサの支配者ディオニュシオス一世、テッサリアの支配者イアソンなどなど。
 その中で、特に目を引いたのがアテネ代表団であった。代表カリストラトスをはじめ、カブリアス、アウトクレス、デモストラトス、リュカイトスなど、時の政府首脳全てが大挙してやってきたからであった。
「この会議で主導権を握る国が、明日のギリシアを決める」
 カリストラトスは確信していた。その確信が、
 スパルタの街に到着すると、直ちに秘密交渉に入った。相手は、スパルタ国家最大の実力者アンタルキダス。
 

 カリストラトスは、カブリアスと共に、アンタルキダスの屋敷に赴いた。
 屋敷の前で馬車から降り立った二人、目を見張った。
「これは…豪勢な屋敷ですな」
 カブリアスが唸った。
 スパルタの国風は、質実剛健を旨とし、贅沢は厳禁とされている。戦士が奢侈に流れ堕落するのを防止するためだ。金銀の流通さえも制限していたほどであった。ために、貴族の屋敷とはいえ、つましいものが一般的だ。
 が、彼の屋敷は、その気風に全くそぐわない豪奢なものだった。彼が、覇者スパルタの威光を笠に、諸国から貢物を受けている証だ。
 案内された二人の前には、その財力を見せつけるかのように、最高級のぶどう酒の壺がどんと置かれ、分厚く切られた羊の肉が惜しげもなく並べられていた。


「ようこそ、我がラケダイモンへいらしてくださいました」
 アンタルキダス、にこやかにいった。
 その笑みは、大いなる自信に裏付けられていた。
「我がラケダイモンは、これまで貴国アテネと幾多の死闘を繰り広げてまいりました。いわば両国は宿敵同士。その敵方のポリス(国)にお越し下されたこと、アンタルキダス、貴殿らの勇気に、まこと感服いたしておるのです」
(この策士め…歯の浮くようなことを申すわ)
 カブリアスは口の端を歪めた。
 とはいえ、アテネの国益を守るためには、この権臣の力を是非とも借りなければならない。この男を敵に回して、スパルタとの提携はあり得ないのだ。
「ギリシア世界の平和のため、わがアテネの未来のためにやって参りました」
 カリストラトスが如才無く答えると、
「まことに賢明なご判断です」
 アンタルキダスは大きく頷いて見せた。気を良くしたカリストラトスは続けた。
「わが国は、これまでスパルタと干戈を交えました。勝利もしました。が、得るものはさしてなく、その間に肥太ったのはテバイ一国。アテネとスパルタは、これからともに手を携えて歩むことが賢明と判断して参ったのです」
「左様。貴国はテバイに利用されていたといえましょう。そのお考えに賛同ですな」
 アンタルキダスはそういって、カブリアスをちらと見た。
 カブリアス、そっぽを向いた。彼こそ、対スパルタ戦を主導してきた司令塔であり、この成り行きに、幾分の居心地の悪さを感じていたからだ。
 ただ、後ろめたい気持ちなど全くなく、
(時勢が変わったのよ。汝にとやかく言われる筋合いはないわ)と内心毒づいていた。
 そんなカブリアスの感傷にお構いなく、カリストラトス、ぐっと身を乗り出した。
「ならば、今回の会議で、わがアテネにどのような御配慮をいただけるのか?」
 本題に入った。全ギリシアの平和などという綺麗ごとは、もとより彼の眼中にはなかった。アテネの国威を盛んにすること、それだけであった。彼も、カブリアスやイフィクラテスに劣らぬ、実利を追い求める政治家であった。
「わが国は、ペルシア帝国と締結した和約を、今後とも全ギリシア諸国が守るべき秩序と考えております」
 アンタルキダスは、さも当然のことという風にいった。


 ペルシア帝国との和約とは、今から15年前の紀元前386年に、アンタルキダスがスパルタ国家を代表して、ペルシア大王アルタクセルクセス二世と締結した和平条約のことである。アンタルキダス条約とも言われる。スパルタは、ギリシア諸国を半ば脅迫して、この条約の遵守を誓わせたのだった。
 その内容は、ペルシア帝国がスパルタのギリシア本土の覇権を承認する代わり、小アジア(現トルコ西岸)におけるペルシアの支配権を容認するものであった。つまり、この条約を基本に据えるということは、とりもなおさずスパルタの覇権を承認することが大前提となる。


 カリストラトスは憮然とした。
「それは承服できぬ。とても市民を説得できたものではない」
 アテネを盟主とする海上同盟の維持は譲れない一線。単に、スパルタの属国に堕す結果になっては、帰国後、怒った市民に告発されてしまう。
「いやいや、ご心配あるな。大丈夫です」
 アンタルキダスは、笑って手を振った。
「どういうことです?」
「わがスパルタに認められたものは、ギリシア本土での優越的地位。海上については・・・・・・・何も定めてはおらぬ・・・・・・・・・
「なんと」
 カリストラトスは、目を丸くした。
 条約の読み方としては詭弁に近い。しかし、アンタルキダスは、これでアテネを味方に引き入れることができるのであれば、と割り切っていた。
(この会議の目的は、アテネとテバイを分断し、テバイにボイオティア同盟解体を呑ませるか、さもなくばテバイ討伐を正当化することにある。少々アテネに譲歩しても構わぬ。テバイを滅ぼせば、アテネは孤立する。そのあと、今日譲った分を丸ごと取戻す)
 アンタルキダスは、国家間の信義など意に介さぬ、凄まじい思考をめぐらせていた。戦国乱世の発想そのものであった。


 そこまで見抜けないカリストラトス、思わず笑みをこぼした。アンタルキダスが、これほど簡単にアテネ海上同盟を容認するとは思わなかったからだ。
「ほほう…。が、それはあなたの個人的意見ではありますまいな?」
「このようなこと、長老会や他の監督官、さらにはアゲシラオス・クレオンブロトス両王の了解なくば口にできぬことです」
「ならば、ギリシアの本土はスパルタが優越的地位を占め、海上はアテネが優越的地位を占める、と解して宜しゅうございますな」
「宜しゅうございますとも」
「和平会議の決議で、公の約束としていただけるのですな」
 カリストラトスは念を押した。
ただの密約で終わっては、後で反故にされる虞がある。公の文書の上に、文字にしておかなければならない。
 アンタルキダス、にことして、
「もちろんですとも。我がラケダイモン及びその同盟国は、アテネとその同盟国の地位を尊重するでしょう」と明快に了承した。
 こうして、スパルタとアテネの間に密約が結ばれた。
 その翌日、エパミノンダスを代表とするテバイ使節団がスパルタの街に到着した。まさに、周囲全て敵国であった。



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