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開会
テバイ使節団は、宿舎として、小高い丘の上にある貴族の屋敷を割当てられた。
「ああ…」
庭に出ると、街を一望することができた。神殿や政府の建造物を除くと、質素な建物や住居ばかりが並び、緑溢れる爽やかな街並みが広がっていた。
東の空には、タユゲトスの山並みに太陽が隠れようとしていた。黄金色の光が、街を美しく染め上げる。
スキピオは、一人、飽くことなくその光景を眺めていた。
「どうだ。懐かしいか、スキピオ」
ダイファントスが話しかけてきた。
彼もスパルタの外国人傭兵部隊に属していたこともあり、この国との縁は浅くはない。
「変わっていませんね…十年前と。あの建物、この街並み…」
「とはいえ、出歩くなよ。お前を恨んでいるやつもいるであろう」
「ええ。このスパルタを出る時、何人も斬ってしまいましたから」
淡い苦さがこみ上がる。いかにアウラを助けるためとはいえ、多数のスパルタ人を斬ったことは、彼の心の底の澱みとなっていた。
「…ところで、エパミノンダス殿は、このまま会議をお迎えになるおつもりでしょうか」
スキピオが訊いた。
エパミノンダスは、旅の疲れからか、奥の部屋で既に就寝していた。お前たちも早く寝ろと言い残して。敵地もなんのその、熟睡しているようだった。
ゴルギアスも、たらふく飯を喰って寝ていた。大きないびきが聞こえてくる。
「なんでだ?」
「各国の代表は街中を奔走している模様。なのに、我らはじっとしていていいのか、と」
アテネだけではない。大国小国問わず、スパルタの街を走り回り、スパルタ政府の要人や他国の代表と会談していた。情報を交換し、和平会議で、少しでも自国に有利な決議がなされるよう工作するためである。今日の外交活動と何ら変わりはない。
「そんなことは必要ない」
ダイファントスは即座に言った。
「どうしてですか?」
「もし、そういうおつもりなら、カロン殿やフェイリダス殿をお連れしたであろう。その道の適任だからな。が、連れてこなかった。…ということは、そういうお考えは、はなからないのさ」
ダイファントス、決して凡庸でない。エパミノンダスの心中をはっきり見抜いていた。
「え?でも、会議に出席なされるということは、交渉するつもりがあると…」
「お前は、エパミノンダス殿から聞いていないのか、今回のスパルタの意図を」
「聞いております。同盟国の数の力で、わが国に不利な取り決めをなし、わが国を脅かそう、という魂胆でしょう」
「そうさ。俺たちがここでじたばたしても、最初から結論は決まっているのさ」
「ということは…」
「エパミノンダス殿が何を言おうと、テバイに不利な決定がなされるのは目に見えている。この会議に期待しても無駄だぜ」
スキピオ、殴られたような衝撃を受けた。
彼は、多分に、エパミノンダスが雄弁に正義を主張することにより、事態が平和的に解決する可能性があると思っていた。スパルタの王アゲシラオスが賢君であることを知っていたからだ。
が、ダイファントスのいうとおりだとすると、遅かれ早かれ、スパルタとの決戦が待ち構えていることになる。
「では、どうして会議に参加するのですか?そんなことなら、国で戦の準備に専念すべきではないですか」
ダイファントス、にやりとした。
「そこだ。エパミノンダス殿の凄いところは」
「え、どういうことです?」
「明日、分かるさ。エパミノンダス殿が何を言うか、よく聞いていろ」
スキピオは、黄金色に輝くスパルタの空を見上げた。明日、この空の下で、ギリシアの命運が大きく動くのだ。
翌日、和平会議は、アクロポリスにある政庁で開催された。
頭上に広がる空は、雲一つない快晴であった。
政庁の大会議室に、大きな長方形に設置された座席に、全ギリシア数十カ国の代表が所狭しと座っていた。七月の猛暑の折のこと、人いきれでむせ返るほどであった。
正面奥の中央に、議長としてスパルタ国王アゲシラオス二世が、その左隣にもう一人の王クレオンブロトス一世が、右隣に監督官アンタルキダスが座っていた。二人の王の背後に、将軍パウサニアスが厳しい眼差しを四方に配り、控えていた。
アテネ代表は、左の一番上座に陣取っていた。カリストラトス、カブリアスの順に座っていた。右側には、スパルタの最大の同盟国シラクサの代表ディオニュシオス一世を筆頭に、マケドニア国王アミュンタス三世、そしてその他の同盟国の代表が居並んでいた。
エパミノンダスは、左側の一番末席に座っていた。横にはゴルギアスが座り背後にスキピオが立っていた。勿論、帯剣は禁止されていたが、スキピオは、万が一の用心のため剣を仕込んだ杖を握っていた。
アゲシラオスがすっくと立ち上がった。
「代表諸君!よく集まってくれた!余がラケダイモン国王アゲシラオスだ。今より、われらギリシア人の未来を決める和平会議を開催する!」
よく通る声で朗々と開会を宣言した。出席者から一斉に拍手がなされた。
彼は、この時、既に七十三歳であったが、その老齢を微塵も感じさせない力強さだ。
「諸君には、ギリシアの明日を協議するため、ここにお集まりいただいた。わがラケダイモンの友人もいれば、干戈を交えた国もある。が、今日は、そのような恩讐を越えて話し合い、和約を締結し、恒久な和平を実現していこうと思う」
再び、代表たちから盛大な拍手が沸き起こった。
アゲシラオスは満足げに頷いた。
「まずは、平和のためには各国の独立が大前提。これに異議がある代表はおられるか」
一声もない。ギリシアのポリスは、どんなに辺境の小さい国でも、自主独立しているのが大原則。誰にも異論のあるはずがない。
「次に、わがラケダイモンを旗頭とする同盟(ペロポネソス同盟)と、アテネを旗頭とする同盟(海上同盟)との和議についてである」
俄かにざわめき始めた。この結論の帰趨が和平の帰趨を決すると思われたからだ。
「余は、これまでの行きがかりを一切捨て、両勢力が和議を結ぶことが平和の早道であると確信している。アテネ代表はいかに?」
アテネ代表に人々の視線が集まった。
アテネ代表カリストラトスは、おもむろに立ち上がった。
「わが国は、ここ数年間、ラケダイモンと戦ってきた。が、これが正しかったのか否か、大いに反省するところがある」
雄弁家のカリストラトス、まさに水を得た魚の如く生き生きと輝いていた。
(私は武将ではない。だから戦勝の栄誉は得られない。が、ここで、アテネの権益を承認させることは、大会戦で勝利するに匹敵する名誉)
そう。かかる国際会議の場こそ、彼の面目躍如たる舞台であった。
「歴史を紐解けば、わがアテネとラケダイモンが戦う間、ギリシア民族の勢力は縮小し、逆に、アテネとラケダイモンがひとたび手を携えるや、難敵ペルシアを打ち破りギリシア民族の栄光を輝かせることができた」
カリストラトスは、議場全体を見渡した。
皆、彼の一挙手一投足に注目している。
そのカリストラトス、次第に陶酔し始めていた。この陶酔に乗って、さらに自己に拍車をかけて演説するのが彼の弁論術。
「この歴史の教訓に照らせば、いかなる道をとるべきか、自ら明らかであろう。我らは、団結してこそ偉大な力を発揮できるのである」
カリストラトスは一呼吸入れた。
「ゆえに、我らはラケダイモンとの和平を希望する。これがアテネ国家の立場である」
会場にどよめきが走った。アテネ代表の発言は、明らかにスパルタに敵対するこれまでの方針からの大転換を表明したものに他ならなかったからだ。
必然的にもう一つの敵国、テバイの代表に、皆の視線が向けられることになった。
そのテバイ代表のエパミノンダスは、アゲシラオスとカリストラトスの演説など、全く関心がないかのように、ずっと瞑目していた。
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壮大なスケールですね…
ゲスブのカキコにレス、有難うございました!!
このブログ、お気に入りに登録させていただきます!!
2007/11/15(木) 午後 8:43
ありがとうございます。
お時間のあるときに、ゆっくりご覧になってください。
2007/11/16(金) 午前 1:02