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クレオンブロトスの最期
ギリシア史上、信じられない光景が目前で展開されていた。絶対不敗の神話を誇り、これまでギリシア最強と謳われたスパルタ軍が壊滅していく。
スパルタ王クレオンブロトスの本隊は、エパミノンダス率いる重装歩兵部隊、ペロピダス率いる神聖隊、ダイファントス率いる外国人傭兵部隊、メロン率いる騎兵隊の四方から猛攻を受けていた。もはや、周囲全て敵であった。
王直属の誇り高き戦士たちは、さすがに勇敢であったが、その奮戦の甲斐なく、壮絶な最期を遂げていった。王の周囲を守る兵たちも、四方から繰り出される槍に掛かり、次々と突き伏せられていた。
同盟国の軍は、スパルタ本軍の敗北に驚いて、南方に退却を始めていた。
もはや、総敗北であることは明らかであった。クレオンブロトスもいまや認めざるを得ない。彼のそばにいたアルキダモス王子も、奮戦に奮戦していたが、今はやむなしと血路を開いて退却していった。
(エパミノンダスか…恐ろしい男よ)
王も、もうエパミノンダスの作戦を理解していた。ただただ、スパルタ全軍の中枢であるスパルタ本隊を粉砕する作戦だ。同盟国の軍隊は相手にせず、神聖隊によりスパルタ主力部隊を突き崩し、五十列という分厚い集団の突貫力により王を守護するスパルタ精鋭部隊を押し潰す。
が、もう遅い。周囲には、もはや彼を守護する忠実な兵は一人もいなくなっていた。彼の肩や腕にも数本の矢が突き立っていた。彼は、雲霞の如き敵の渦中にいた。
彼は、敵兵の雄叫びの渦中にあって、アゲシラオスの言葉を思い出していた。アゲシラオスが、足の持病のために遠征軍の指揮が執れなくなり、代わってクレオンブロトスが指揮を執ることになったときのことだ。
『このたびの合戦は、全ギリシアが和平の敵テバイを懲罰するもの。勝利は疑いない。貴君は、これで大功を上げ、ラケダイモンの歴史にその名をとどめるのだ』
クレオンブロトスの父パウサニアス王、兄アゲシポリス王が早くに死んだため、常々、父のように親しく接してきてくれたアゲシラオス。若きクレオンブロトスに功を立てさせて、老境の自分に代わってスパルタの明日を担わせようとしたものであろう。
クレオンブロトスは、その言葉を聞くと大いに喜んだ。
彼は、たびたびボイオティアに侵攻したが、そのたびに、エパミノンダスやペロピダスらに後れをとって来た。
それゆえ、彼の側近も、「こたびこそ名誉回復のとき」と、発破をかけてきた。自分も、スパルタ歴代の名君に並び称される王になるのだと発奮した。
(余は、知らず知らずのうちに焦っていたものであろうか…)
彼は反省してみた。
とはいえ、二万の大軍を擁し、軍師として名将デイノンを側に置き、勇将クレオニュモスを配し、そして世界最強のスパルタ重装歩兵を率いて臨んだこの戦い。作戦にも決して抜かりはなかった筈だった。
しかし、現実は全く逆の展開を見せ、彼は悲運の中に取り残されてしまっている。
彼は死を覚悟した。が、スパルタの王として、誇りをもって往かねばならない。気高い最期でなければならない。
彼は、折れかかった槍をうち捨てると、剣を抜いた。
王は、剣を高く掲げると、馬を駈って、群がるテバイ兵に向かって突進した。
「テバイの者ども!余がラケダイモン王クレオンブロトスだ!かかって参れ!」
きらびやかな軍装のスパルタ王が、猛然と挑んでくる。
「おお!クレオンブロトス王だ!」
「スパルタ王を討ち取れば、これ以上の誉れはないぞ!」
が、功名に駆られ彼の前に立ちふさがった兵は、次々と朱に染まった。
「かかって参れ!ハーデス(冥界の神)の許へ参る道連れにしてくれようぞ!」
王は、阿修羅の如く剣をふるった。
命を捨ててかかる猛勇に、一対一ではとても敵わない。
「つ、強い!」「魔人のようだ!」
テバイ兵は二の足を踏んだ。
ペロピダスは苛立った。
「ええい、一斉にかかれ!」
この戦いは勝利に決まった。
が、勝利の大きな果実を得るにはスパルタ王を討つことが不可欠。それでこそ文句のない大勝利。そして、スパルタ王を討ち取れば、テバイは、揺るぎない大国として諸国から認知されよう。
ペロピダスは、既に、戦後の戦略に思いをめぐらせていた。それだけに、である。
(王を討ち漏らすことは絶対に許されない)
テバイ兵により繰り出される無数の槍を、クレオンブロトスは、悪鬼の如くはじいていたが、ついに一筋の槍が彼の体を貫いた。それでも、なお、剣をふるい、突き刺した兵を逆に仕留めていたが、さしもの彼も力尽きた。
無数の穂先に貫かれ、王は、ついにレウクトラの野に倒れた。
スパルタ王クレオンブロトス一世は戦死した。
「スパルタ王クレオンブロトスを討ち取ったぞ!」
レウクトラの平原に、歓声が轟き渡った。
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スパルタに勝ったとは言え....
テバイ側にも相当な犠牲が出たんでしょうね...
2009/7/29(水) 午後 2:41
そうですね。
歴史書にも、スパルタの被害は記録されていますが、テバイ側の被害は記録されていません
相当数の犠牲者が出たものと思われます
2009/7/30(木) 午前 9:09