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イトメの誓い
スキピオは、山道を駆けに駆けた。空腹も忘れていた。サンダルもとうに破れている。足の皮が破れ、血が流れていた。
しかし、スキピオは全く意に介さない。大事なのは、背中に負っている、愛する生命だけであった。
ようやくタユゲトスの峠にさしかかる。
(ここを越えれば、メッセニアの大地が見える筈…)
抜群の体力を誇る彼も、さすがにはあはあと息を切らせながら登った。
が、峠の上に出た時、彼の顔は、思わず綻んだ。
「おおっ、やっと…」
眼前に、広々とした風景が広がっていた。メッセニアの大地が、あたかも緑の絨毯(じゅうたん)のように広がっている。
その柔らかな光景に、スキピオは、ようやく一息をついた。
「ここまで来れば…」
その時、背中のアウラがうめいた。
のどの渇きを覚えたのであろう。「み、水」とうめいた。
スキピオは、アウラを背から降ろすと、水筒をアウラの唇に差出して、ゆっくりと水を含ませた。ごくと少し飲んだ後、アウラは瞳を大きく見開いた。
一時の激情は沈まったようだ。じっと、スキピオを見つめる。
スキピオは、その視線に耐え切れず、うつむいた。
「どうして、ここまでして私を助けるの?」
「…」
「あなたにとって私は邪魔なはずよ。噂で聞いたわ。あなた、王女様に気に入られていたって…。私なんていないほうが…」
詰問調ではない。彼女は、スキピオの真意を問いたい、それだけなのだ。
「邪魔だなんて…思ったことはない」
小声で視線も合わせないが、きっぱりと言い切る。
「でも、命を賭けてまで私を助けるなんて…、どうして」
スキピオは赤面した。
「どうしてって、そんなこと決まっている」
「どうして?」アウラが繰り返す。
「君が好きだからじゃないか…」
「じゃ、どうして、あの村に…」
アウラの父を殺したスパルタ人の仲間なのだ。その問いは自然といえた。
スキピオは大変苦しそうな表情になった。辛い、とても辛い。
「自分でも、よく分からない。悩んだ挙句、こんがらがって、いつの間にかあの場所に立っていた…。そうとしか答えられない」
アウラの顔は、いつもの優しいものに戻っていた。
「父がよく言ってたの。あなたには将来があるから、もう会ってはいけないって。ごめんなさい。私を助けるためにスパルタ人を斬ったのね」
「謝るのは僕の方じゃないか。僕は父上を見殺しにしてしまったんだ。つ、償いきれない」
スキピオは、手で顔を覆って嗚咽した。
その様子をしばらく見ていたアウラだったが、後悔するスキピオの手を優しく握り締め、スキピオの顔をみつめた。
「大丈夫。父も分かってくれるわ。必ず許してくれる。だから、もう、そんなに泣かないで。私まで悲しくなってしまう」
スキピオは涙で濡らした顔で、ようやくアウラの顔を見た。
「ぼ、僕を許してくれるのか、この僕を…」
「あなたは、全てを犠牲にして私を助けようとしているのよ。あなたが悪い人の訳がないわ。ゼウス(ギリシアの最高神)があなたを罰しても、私はあなたを信じるわ」
「あ、ありがとう」
スキピオは泣いた。存分に泣いた。
が、やがて顔を上げてアウラを正面から見た。
「でも、絶対君を助けるよ!亡き父上に誓うよ」
「え」
「そうだ、一緒にローマに行こう!ローマで暮らすといい」
アウラが悲しそうに笑った。
「でも、わたし、ヘロットなのよ」
「それがどうしたっていうんだ」
「あなた、国に帰れば貴族なのでしょう?奴隷なんかを連れて帰ったら、罰せられるんじゃないの…」
スキピオは、強く首を振った。
「そんなことはない。僕の国では、解放された奴隷がたくさん市民になっているよ。僕が君を奴隷から解放してみせる。そうすれば、君は自由だ。堂々と生きていけるよ」
「そんな夢みたいな…」
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