新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 アンティオコスその後−信頼を裏切った結末(さらに続き)
 四頭立ての馬車は街の中央の神殿に向かった。
「陛下、大変な騒ぎになっています」
 ムサイオスが顔を青ざめさせた。
 アフラ・マズダの神殿の階段付近で、近衛兵と群衆が睨み合っていた。
 奉納品を運び出そうとする近衛兵と、ならじとする民衆が対峙している。



(ちっ、だから素早く済ませよと命じたものを)
 王は近衛兵の要領の悪さに内心毒づいた。
 だが、正体が近衛兵と知れたからには、何とか事態を収拾しなければならない。さもなくば、この騒動はスサばかりでなく、エラム全域、さらにバビロニア、ペルシスに及ぶ恐れがあった。




「諸君、静まり給え!」
 王は降り立つと右手を差し出す王者のポーズをとり、人々に呼び掛けた。
 常ならば、それで万人がひれ伏す筈だったが…。
「あっ!王が来たぞ!」
 興奮した群衆は王の周囲に殺到した。そして、口々に叫び始めた。
「このようなことお止めくだされ!」
「我らの神殿を破壊しないでくれ!」
 老若男女、まさに全ての顔が、支配者に抗議した。




「待て!余の話を聞け!」
 王は狼狽した。
 生来、支配者として過ごして来た彼、このように問い詰められることはなかった。宿敵ローマの使節ですら、敬意を払って接して来た。
「これ!無礼であろう!」「それ以上近づくでない!」
 近衛兵が王の身辺に駆けより制止したが、彼らは神殿狼藉の実行犯。
 むしろ逆効果であった。群衆の怒りに火を注ぐ結果となり、その怒りのど真ん中に王を置く格好となった。




「神々の社を侵す者どもが!」
 叫び声が上がり、どこからともなく石が飛び始めた。
 まさに群集心理であろう。一人ならば、王に石つぶてを投げるなどとてもできない。だが、この群衆の中にあれば、誰が投げたか誰が当てたか分かりようがない。つまり捕捉されない安心感である。
 そう分かると行動は一気に過激化する。暴徒化である。
 無数の石つぶてが、近衛兵と王を目掛けて飛んで来た。
「うわっ!」「うっ!」
 近衛兵は武装している。だから何とか堪えることが出来る。
 が、王は平服。近衛兵が体を盾に必死にかばっていたが…。




「ぐわっ!」
 王が一声叫ぶと、その場にもんどりうって倒れた。
「あ!陛下!」
 見ると、アンティオコスが頭から血を流して倒れている。
「陛下!陛下!」
 呼び掛けにも全く応えない。
 只ならぬ空気を察したのか、群衆はわっと散り始めた。そう。恐怖心は群集心理を一気に冷やす。
 近衛兵は動転した。群衆を追うどころではない。




 アンティオコスの顔色はみるみる土気色となっていく。
「いかん!医者だ!」「医師を呼べ!」
 王の体は迎賓館に運ばれた。何人もの医師も呼ばれた。
 だが、必死の介抱にも関わらず、王の意識は戻ることはなかった。
 紀元前187年。アンティオコス三世、幾多の危機を経て、一度はメガスの栄誉を克ち取った男は、ローマに敗れ、その賠償金に追われ、結局異郷のスサの地で生涯を閉じたのであった。享年五十四歳であった。


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 アンティオコスその後−信頼を裏切った結末(続き)
「余に何か意見があるということだな」
 王は努めて穏やかに言葉をかけた。
「はい。直ちに神殿の略奪をお止めくださいますようお願い申し上げます」
 ギリシア語の素養ある人物が選ばれたと見え、流暢に意見し出した。
 横にいる王妃が、驚いた瞳を王の顔に向けた。




「略奪…とな。それは余も初耳」
 王は白々しく驚いて見せた。それは王妃に対するポーズ。聖人君子の虚像を守りたい、その意識だ。
「それは恐らく一部の兵士が暴走したものであろう。きつく叱り、奉納品はいずれ返却いたすであろう」
 これは狡い。直ちに返還しないのだ。略奪の結果を追認しているに等しい。



 長老たちは間髪容れず反論した。
「いえ、直ちにお返し頂くよう取り計らい下さいませ」
 さらに、別の長老は静かに抗弁した。
「兵士は陛下の御命と申して略奪に及んでおります。規律ある行動で、暴発したものとも思えませぬ。王命を発し頂き、中止をお命じ下されば彼らの行動は直ちに止むことでしょう」
 それは相手の嘘を見透かした口吻であった。彼ら長老は、真犯人を眼前の人物と定めて、なおかつ自制を利かせ、説得していたのだ。
 



 王の不徳をあからさまに難詰され、座に居心地の悪い空気が充満した。
「分かった」
 王は言った。
「ならば、余が直々神殿に参り将兵に命じよう。…これ、馬車を用意せよ」
 王は立ち上がり、そのまま表に向かって歩き出した。
 実は、これも王の策。ここを何とか切り抜け、近衛兵の一団と合流する目論見。近衛兵の武力があれば、この危地は脱せられる。
「我らも共に参ります」
 長老たちは申し出た。王の振る舞いに疑念を抱いたものに違いなかった。
「ならば、車列の後に付いて参れ」
 王は素っ気なく申し渡した。
(とにかく、ここを抜けることこそ肝要。神殿の兵士らと合流し、城外に逃れるのだ)
 



 王が表に出ると、群衆で溢れていた。
 長老たちがひとまず諭していた。
「王直々に神殿に向かい、騒ぎを鎮めるとの仰せ」「ひとまず引き下がれ」
 その言い分に、なお疑念の表情を浮かべていた人々の顔であったが、相手は王家。
 王に手をかけた者は、無残な最期を遂げるのが古来の掟。逡巡していた。
「これ!道を開けよ!」
 近衛兵が怒鳴り、馬が嘶き出すと、人々は渋々道をあけた。


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 アンティオコスその後−信頼を裏切った結末
「なにっ、王家の兵が神殿を略奪していると!」
 市民たちは驚いた。
 逃げた神官たちが急を告げ回っていたのだ。
「そんな馬鹿な」
 市民たちは信じられぬ面持ちであった。
 これまでセレウコス王家は穏やかな統治に終始した。ペルシア人やエラム人に対して、信仰の自由を認めていたし、彼らの敬う神々にも相応の敬意も払って来た。
「それが襲いかかって来たのだ」
 神官たちは自身の受けた仕打ちを事細かに告げた。



 市民たちは激高した。
「放置してはならぬ!」
「迎賓館に向かおう!」
「メガスに抗議せよ!」
 抗議に立ち上がった市民はやがて群衆となり、濁流の如きとなって市街を進み、それは二筋に分かれた。一つは神殿に、一つは王の宿所の迎賓館に向かった。




「なに、民衆がこちらにやって来ると」
 アンティオコス王は驚き慌てた。
 なにせ、身辺を警護する近衛兵を殆ど全て神殿略奪に向かわせていたからだ。今ここに居るのは、数人の側近と警護兵のみ。



 王妃エウボイアが、この騒ぎに、寝間着のまま現れた。
「陛下、民衆が何かに怒ってこちらにやって来るとか」
「む、そなたは心配しなくともよい」
「陛下は穏やかな君主。何かの間違いでございましょう」
 王妃はにこやかに笑った。
 その純真無垢な言葉に、アンティオコスは苦し気な表情を浮かべた。
 王妃の信頼は、民衆が抱いていた信頼でもある。王はその信頼を裏切ったのだ。




「陛下、このままでは門が破られてしまいます!」
 ムサイオスが青い顔で走って来た。
 民衆は、王との面会を求めて門前で怒号を発していた。やがて過激になった一部が門を破りにかかっていたのだ。



「うーむ。やむを得ぬ。長老たちだけを選んで中に入れよ」
「ははっ」
 間もなく、ムサイオスと共に、年長の者五人が王のいる居間に招かれた。


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 アンティオコスその後−収奪(続き)
 その夜。
 王は、王妃が寝入ったのを確めると、寝所から抜け出し、近衛兵を集めた。
「スサ市内の神殿を駆け回り、奉納品を悉く接収せよ」
「えっ!」
 この命令に隊長たちは驚いたが、相手は絶対君主。否やはあり得ない。



「王家存続のため、国家のためである」
 アンティオコスはそう断って、
「よいな。夜が明けるまでにし遂げよ。夜が明けて、そなたたちの姿を目撃されては民が騒ぎ出すからな」と命じた。
 まるで強盗の首領の如き指図だ。だが、これから仕出かすことは、まさにその強盗そのものであった。
「かこしまりましてそうろう」



 近衛兵五千は深更の闇の中を市街に出ると、神殿に向かった。
「よし、まずはここだ」
 隊長が指差したのは、ゾロアスター教(拝火教)の最高神アフラ・マズダを祀る神殿。
 彼らは階段を上がり、神殿内に踏み入ると、ゾロアスター教の象徴の火が、煌々灯っていた。奉納品が保管されてある内陣へずかずか進んで行く。



 だが、由緒ある神殿というものは無人ではない。数人の神官が寝ずの番をしている。
 その神官たちが血相を変えて現れた。
「どこの何様でございます!」「こんな無体な!」
 その言葉は通じなかった。それはエラム語もしくはペルシア語。
 近衛兵はマケドニア人やらアイトリア人ばかり。彼らはギリシア語しか解しない。




「黙れ!バルバロイ(野蛮人)!」
 近衛兵は神官の一人を殴り倒した。説く言葉も、そもそも会話を交わす言語すら持ち合わせない彼らに、暴力しか拠り所はない。その振る舞いこそバルバロイであった。
「メガスの御命ぞ!神妙にいたせ!」
 隠密裏の作戦の筈が、本能に従ってわめいてしまっていた。
 『メガス』の意味はさすがに神官などの知識階層には理解出来る。従って、神官たちはこの狼藉の下手人を知った。
「ま、まさか」
 国王が領内の神殿を襲撃する、そのあり得ぬ事態に我が目を疑ったが、よく見ると、まさしくセレウコス王家上位の将校がまとう軍装。




 年長の神官が勇気を出して前に進んだ。
「いかにメガスとて、このような暴挙が許されましょうや」
 たどたどしいギリシア語で抗弁した。
 神官は神の尊厳を護持するためには生命をも賭す責務を負う。
 だが、そんな彼の勇気は野蛮な剣の前では無力であった。
 近衛兵らは一斉に抜刀した。
「邪魔立てすれば只では済まんぞ!」「どけ!どかぬと斬るぞ!」
 刃を振り回し、神官たちを追い散らした。
「ひえー」「うわーっ」
 神官たちは散り散りバラバラ逃げ出した。




「よし、宝庫を早く破壊して、奉納品を持ち出せ」
 兵たちが、内陣の金庫に取り付き破壊し出した。
 頑丈な施錠を叩き壊すと、重い扉をこじ開けた。
「おおお!」
 そこには金銀財宝、美術品がうずたかく積まれてあった。
 ここスサは、百五十年前、アレクサンドロス大王の東征の折に激しい略奪に遭っている。なのにこの莫大な貯蔵品。民衆の信仰の篤さであろう。
 近衛兵は、金銀財宝の運び出しにせっせと取りかかった。
 だが、神殿の外では、不穏な気流を急速に巻き上げ始めていた。

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※↑ペルシア帝国の旧都スーサの遺跡です。今は礎石すら残っていません。アンティオコスの時代(紀元前二世紀)は、まだそれなりに繁栄していたようです。


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 アンティオコスその後−収奪
 アンティオコス三世王は、行幸と称して都を出ると、旧都スサに赴いた。
「陛下、何もかも初めての風景」
 王妃エウボイアは、馬車から身を乗り出し、周囲の風景に夢中になっていた。
 エラム時代の城壁、ペルシア帝国時代の建造物に神殿。
 ここはメソポタミア文明以来の世界最古の歴史を誇る地域。未知の地を訪れるのが旅行ということならば、ここはギリシア人にとって格好の旅先であったろう。




「そうか。良かったの」
 王は椅子に肩肘着いたまま素っ気なく応えた。風景の方には視線一つ遣らない。彼は道中ずっと憮然としていた。
 王妃は不思議そうに首を傾げた。
「陛下は…愉しくはないのですか?」
「う…いや」
 王は慌てた。
「ここは以前、謀反人のモロン兄弟を討ち取った折に来たことがあるのだ。それゆえ面白くない顔になっているのやも知れぬ」
 そんな風に取り繕った。
 実の所、風景などどうでもよかった。むしろ、殺風景で何の価値もない、そんな場所であってくれた方が救われる心地であったのだ。
 王妃も連れて来たくはなかったが、どうしてもとせがまれやむなく連れて来たのだ。




「陛下」
 重臣ムサイオスがやって来た。
「地元の神官や領主たちがご挨拶にと訪れていますが」
 支配者の行幸とあらば、地元の有力者がやって来るのは当然のことであったが、王は何ゆえか甚だ不機嫌になった。



「そなたが挨拶しておけ」
「え…いや、それでは…」
 ムサイオスはうろたえた。
 地元の有力者は、大王に面会することにより、自身の支配権を公認してもらうという意味がある。これはペルシア帝国以来の伝統だ。
 かつて、ペルシア大王に面会した者は、それだけで絶大な栄誉を与えられた。それだからこそ、行幸の莫大な費用の負担にも応じるのだ。




「支配権はこれまで通り認める。そう伝えてやれ。今は誰とも会いたくないのだ」
 王は頑に言い張った。
 王妃は、不思議そうに、そんな彼の横顔を見詰めた。
 そこには、かつて民族の隔てなく誰とも接した『大王』の鷹揚な姿はなかった。何かに怯え猜疑する君主の表情があった。


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