新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 少女コルネリア(続き)
「果たしてお受けしてよいのやら…」
 誠実なグラックス、なおもためらった。
 スキピオはその手をぐっと握りしめた。
「グラックス殿。頼む。受けてくれ。我が娘の、我が一族の力になってやってくれ」
 それはまさに懇願であった。
 彼が懇願する理由はあった。
 長男プブリウスは病弱で、将来の栄進を期待できなくなっていた。弟ルキウスも昨今のカトー一派の攻勢に押され、随分立場が弱くなっていた。
 数年前の栄光が嘘のように、スキピオ家は弱体化していたのだ。
 スキピオ家には、将来有望な人物の助けが必要不可欠であった。




 グラックスは微笑んだ。
「分かりました。喜んでお申し出を受けましょう」
「おおお」
 スキピオは喜悦した。
 彼は見抜いていた。この人物が、いずれローマ政治に重きをなす人物であることを。
「ならば…」
 スキピオは幼い愛娘の手を引き、グラックスの前に立たせた。
 そして、膝を床に付き、その耳許に言って聞かせた。




「コルネリア。よくお聞き」
「はい」
「この人物がそなたの許婚だ。未来の花婿殿だ。挨拶しなさい」
「はい」
 少女は素直に頷いた。
 恐らく父の言葉の半分も理解出来なかったろう。
「コルネリアです。よろしくお願いします」
 とにかく、たどたどしく挨拶した。容儀まことに上品、名門の躾の賜物だ。
 グラックスは、その少女の手をそっと取った。
「グラックスです。以後、お見知りおきを。未来の花嫁殿」




 それから12年後の紀元前172年。
 グラックスとコルネリアは結婚した。
 グラックス四十五歳、コルネリア十八歳。
 当時としても異例の年齢差であったが、この夫婦はとても仲睦まじかった。
 そして、人望篤きグラックスは昇進に昇進を重ね、グラックス・マイヨール(大グラックス)と称されることになる。




「まずは夫に、そして、この結婚を約束してくれた父アフリカヌスに感謝しなければ」
 コルネリアはよくそう言っていたとか。
 その彼女は、やがて二人の子を産んだ。
 ティベリウスとガイウスの兄弟である。
 いわゆるグラックス兄弟である。この二人が後にローマ史を彩ることになる。
 が、そのことをここで語るのは相応しくない。また別の機会に譲るとしよう。


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 少女コルネリア
 数日後。スキピオは、とある人物を自宅に招いた。
「よろしいのかな。我が家にお越しいただいて」
 スキピオは微笑した。
「構いませぬ。閣下の事はもう済んだことです」
 そう返事して笑ったのは、ティベリウス・センプローニウス・グラックス。
 そう。護民官グラックスである。
 カトー一派は、容疑をルキウス・コルネリウスに切り替え攻め続けることにしたが、グラックスは反対し、以降彼らと袂を分かった。
 グラックスは、時の権力者カトーから離れる決断をした訳だ。立身出世を宿命付けられたローマ政治家にとって、非常に勇気のいることだ。




「貴君に是非とも会わせたい者がいるのだ」
 スキピオは言った。
「は…どなた様で」
「これ」
 主の声に、彼の妻アエミリアが一人の少女を連れて来た。いや、この時六歳。幼女というのが正しい。



「これは…」
「我が娘コルネリアだ」
 次女コルネリアである。
 長女は既に伯父グナエウスの子スキピオ・ナシカに嫁いでいた。
「娘を娶ってもらいたい」
「えっ!」
 グラックスは仰天した。
 それはそのはず。グラックス、この時三十三歳。既に男盛りだ。それに六歳の娘を妻合わせるとは、不釣り合いも甚だしい。
(これは…一体)
 グラックスは、相手の真意を疑い眼差しを向けると、真剣な光が反射して来た。




「閣下、酔狂が過ぎます」
「ははは。何が酔狂かよ」
 本来のスキピオの語調が戻って来た。
「そなたには恩義を蒙った。是非そなたと縁続きになりたい、そう思ったのだ」
 どうやら本気のようだ。ますますグラックスは驚いた。




「でも、娘御はまだ…六歳」
「無論今すぐは無理。成人した暁に輿入れさせてやってくれ給え」
「とは申せ、その時にはそれがしも随分歳を重ねておりますれば」
 グラックスは苦笑した。
 十五歳で結婚するとしても、新郎グラックスは四十を幾つか越えている。




「よい」
 スキピオは言った。
「年齢の差などさして問題ではない。コルネリアも成人した暁にはきっと得心しよう。我が父はなんと良い夫を約束してくれたのか、と。良き夫か否か、それが大事なのだ」
 そういって、スキピオは愛娘の顔を見詰めた。
 それは、娘の華燭の典に自身立ち会えないことを示唆していた。
 恐らく、健康がそれを許さないことを悟っていたものであろう。


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 非難から喝采へ(さらにさらに続き)
「諸君!」
 声を上げたのは護民官グラックス。
(なおもスキピオ殿を追及するつもりか…)
 今回の告発は護民官の発案。だから、護民官全員がカトーに与していると市民には思われていた。



「私はプレプス・トリブヌス(護民官)ではなく、一ローマ市民として発言する」
 彼の凛とした言葉が響いた。
「国家の英雄に対して、これ以上の追及は相応しくない。ローマ国家の有り様としても美しくない。審理は直ちに打ち切るべきものと思う」
 それは意外な、しかも勇気ある発言であった。
 彼は護民官。容疑追及の義務を負う地位にある。その彼が手続中止を提議したのだ。



 人々は逡巡していたが、やがて…
「賛成!」
 一人の市民の声が上がると、それはたちまち議場全てに伝播した。
「そうだ…これはよくない」
「これ以上はやめにしよう」
 そして、まるで自分たちが不始末を仕出かしたかのようにばつの悪い、苦笑を浮かべ合うのであった。要は、調子に乗ってやり過ぎてしまった、そんな感覚だ。



 今度はスキピオは微笑みを浮かべた。
「諸君。今日は、なんという偶然か、ザマの勝利を収めた日と同じ。私はカピトリウムの神殿に参詣しローマ国家の今日あることを感謝したいと思う。諸君も共に参らぬか」
 そう言うと、スキピオは背を向けて議場の出口に向かって歩き出した。
 市民たちは顔を見合わせていたが、ぞろぞろと歩き始めた。
 歓喜も拍手もない。だが、これはまさしくスキピオに対する喝采にほかならない。



「あ…」「ちと待たれよ」
 狼狽したのはカトーに与する護民官たち。
 彼らは先ほどからの急展開に、しかも同僚護民官の造反に動転し呆然としていた。だから、閉会の宣言もしていないのだ。
 スキピオはその声に振り向き、
「君たちも来るがいい。君たちも神々の祝福に与るローマ市民なのであるから」
 と笑った。
 護民官たちはカトーの手前ためらっていたが、グラックスが歩き出すと、慌ててそれに付き従った。彼らは市民の支持がなければ根無し草になるしかなかったからだ。




 マルス野は、ただ一人を残し誰もいなくなった。
 その一人は、マルクス・フォルキウス・カトー。
(おのれ…スキピオ…)
 監察官の沽券にかけて微動だにしなかったが、体を屈辱に震わせていた。
 ここに彼がまたしても敗北したのは明らかであった。


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 非難から喝采へ(さらに続き)
「ならば…」
 スキピオはおもむろに口を開いた。
 雄弁な彼のこと、弁解ならばいかようにも出来たであろう。500タラントンの処分については、これまでの慣例通り執政官の職分として兵士に分配したと強弁してもよかったろう。息子の件に関しては真実を話しても問題はなかった筈。
 大王を見逃したのも、それが敗北した敵に温情を与えるローマ伝統の美徳と堂々反論出来た筈だ。
 が、多弁が功を奏するとは限らないのが、こういう局面。人々はある思い込みを前提に批判一色に染まる。それに一つずつ詳細に反論することに果たして効果があるのか。しかも、市民の多くは経済的苦境に陥っている。そういうときには、冷静な耳を持っていないことも多い。




 スキピオはずいと前に出た。
「ローマにおいて、このプブリウス・スキピオに対する告発を耳にするとは奇妙」
 彼らしい言い回しと共に、視線をぐるりと回した。
 様々な顔がいる。目を凝らせば、彼の下で働いたと思しき顔が多くいる。
 意外な語り口に市民は顔を見合わせ、再び視線をその人に向けた。




「ローマ市民は、かつて滅亡の極みに追い詰められた折、このスキピオに期待を寄せたのではなかったか。そして、私はその期待に応えたのではなかったのか」
 滔々と問いかけるスキピオに、先ほどの喧噪が嘘のように静まり返った。
 思い出した。あの時、家の戸口にハンニバルの影を感じた。まさに這うような恐怖に全ローマ市、全市民が囚われていた。
 神殿に縋り付いたあの記憶が甦って来た。あの時、眼前の人物に全ての期待を寄せたのであった。そして、その期待を遥かに越える結果を叩き出したのも眼前の人物であった。




「断罪するならばそれでよかろう。それでローマ国家の大義が立つならば。だが、告発する者も、そう告発出来ること自体、その告発した相手の御蔭であることを忘れないでもらいたい」
 その言葉を聞くや、ローマの人々は悄然とうなだれた。
 ザマの勝利の報に人々は確かな明日の空を掴んだ。そして、マグネシアの勝利に世界の覇者となった誇りを実感した。

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↑スキピオ・アフリカヌス(大スキピオ)晩年の姿とされる彫像です。


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 非難から喝采へ(続き)
 コミティアの当日。
 ローマ市街は異様な空気に包まれた。
「聞いたか。今日の集会でスキピオ殿が弾劾されるとか」
「やむを得まい。500タラントンの横領容疑だからな」
「いや、シリアのアンティオコスと裏取引があったとか」
 情報媒体の乏しい時代のこと。いったん噂が流れると、それには幾つも尾ひれがくっついていく。こういう情報操作も、政敵追い落としの工作に利用されたことであろう。
 そして、ローマ史上最高の英雄と讃えられたスキピオが政治的弾劾に遭う、そのこと自体またとない見物と考える天の邪鬼も少なくない。それも人間心理の一つの自然。
 コミティアの集会場となった城外のマルスの野は市民で埋め尽くされた。




 集会の冒頭から議場は怒号に包まれた。
 護民官の告発から始まった。その護民官はグラックスではなかった。
 元老院で気後れしたグラックスを見て、カトーが人選を変更したものであろう。
 その護民官の語気は初めから荒々しいものであった。
「プブリウス・スキピオは」
 敬称の『アフリカヌス』を敢えて省いたことからも、この会議におけるスキピオの立ち位置が、あたかも被告人の如きものであったことが分かる。




「あろうことか、国庫に納められるべき500タラントンもの巨額な金員を私し、国家と市民に対する義務に背いた」
「病と称してエライアに留まり前線での指揮を怠った」
「アンティオコスと裏取引し、息子の身柄を無償で受け戻した」
「逃げる大王を追うこともなかった」
 物事がエスカレートするときは、黒いものばかりか、灰色も黒へ、さらにはどこからか強引に引っ張って来て黒に塗り潰す。こういうことを人間は時折やらかしてしまう。正邪の区別を明確にしたい、邪悪を糾弾したい、そして、名声を得たい、そんな人間の本能的欲求であろうか。
 冤罪や誤報やらは、こういう所に原因が潜むのではなかろうか。




 人々の視線はスキピオその人に注がれた。
 その風貌からは、かつての英気溌剌は全て削ぎ落とされていた。長い療養を経てやせ細り、華々しく活躍した面影は、もう微塵も感じられない。
 そのスキピオは、入り替わり立ち代わり現れる護民官たちの告発に、ずっと無言のままであった。まるで枯れ木が風に揺らぐかのように飄々としていた。




「スキピオ殿、いかに」
 監察官カトーは、いつもの恐らしい顔つきで問い詰めた。
 内心喝采を叫んでいた。
(勝った…ついに、あのスキピオに余は勝利を収めたのだ)
 これまで幾人もの政敵を葬り去って来た彼であったが、眼前のスキピオほど巨大な敵はなかった。若き頃、政略では全く歯が立たず、幾度も煮え湯を飲まされて来た。
(余に並び立つ者は、もはやこのローマにはいない)
 だが、彼が心中で凱歌を上げた時、スキピオ最後の反撃が始まった。


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