|
カブリアスの機略(続き)
メガラの街を包囲して数日が経過した。
「なかなか落ちませんな」
「まあ、どっちでもよいがな」
カブリアス、平然としていた。
抵抗の激しさから、彼は、攻撃を停止させていた。
「しかし、このままでは、戻ってくるスパルタ軍と城兵の挟み撃ちにあいますぞ」
カブリアス、鼻で笑って、アルキアスをじろりと見た。
「お前は本当に惜しいな」
「何のことです?」
「お前に軍才があれば、間違いなく将軍、いや大政治家になれるのにな」
「どういう意味です?」
「俺の狙いはアゲシラオス。挟み撃ちにできると思い、喜んで戻ってくる奴を、な」
「しかし、メガラ勢はどうなさいますので?」
「メガラ兵は、この要害に立て籠もっているからわが軍と戦えるのであって、外に出れば木の葉を散らした程度の少数に過ぎん。出てくれば一ひねりだ」
アルキアスは黙った。ぐうの音も出ないという感じだ。
そこに、後方に出しておいた、物見の少年兵が帰ってきた。
「申し上げます!」
「おう、フォキオンどうだった」
フォキオン。後にアテネの将軍を長く務め、人格の高さと潔さを謳われた人物だ。この時は、カブリアスに師事する修行時代を送っていた。
「はっ。閣下の予想通り、我らのメガラ攻めに驚き、アゲシラオス率いるスパルタ軍の大部隊がこちらに急ぎ向かってきております」
「きたか」
カブリアス、にやりとした。
「よし、かねて申し付けておいた通り、兵を展開するよう命令せよ」
「ははっ!」
スパルタ王アゲシラオス率いる大軍はメガラを臨む地まで戻ってきた。
そこで、斥候から、敵情を詳細に聴き取っていた。
「敵はメガラを包囲していましたが、我らの軍勢を見るや、包囲を解いて、ニーサイア付近に展開しております」
ニーサイアとはメガラの外港。メガラ本城と長城でつながっている。
「ふふん。船で逃げるつもりであろうが、そうはさせんぞ」
王は白い顔に冷笑を浮かべた。
「パウサニアス!デイノン!」
「ははっ」「おうっ」
「汝らは、アテネ軍の左右から攻め立てろ!二度とラケダイモンに逆らおうという気が起きないぐらいに徹底的に痛めつけよ!アテネ兵を海に追い落とせ!」
さすがに訓練されたスパルタ軍。機敏な動きで左右に展開すると、丘陵を駆け下りて、アテネ軍に殺到した。それを見たアテネ軍も
「来たぞ、かかれ」と迎え撃った。
たちまち、両軍は激闘を展開した。
が、スパルタ陸軍は史上最強。一人の戦士で二人を相手にしてもびくともしない。当然、アテネ軍を押しまくった。
遠くで見ていたカブリアス、味方の劣勢を見ると、にやりとした。
「よし、海岸沿いに東に退却するのだ。味方に合図を送れ!」
ラッパの音が鳴り響くと、アテネ軍は、海岸沿いの街道を一目散に東に退却していく。
それをみて、気をよくしたスパルタ軍は追撃態勢に入った。
カブリアスは、ほくそ笑んだ。
「アルキアス!海上のカレスの部隊に合図しろ!」
カレスは、もともとイフィクラテスの配下であったが、イフィクラテスの逮捕の後、カブリアスに従い重用されるようになっていた。その彼は、およそ五十隻の艦隊を率いて沖合にとどまって陸地の戦況を眺めていたが、合図を受けると、退却する陸上部隊とは逆に西に進み始めた。
「あっ、敵の軍船が西に!」
王の傍のアンタルキダスが叫んだ。
アゲシラオス王も、すぐに敵の意図を察知した。
「いかん!このままでは背後に上陸されるぞ!」
そう。沖合のアテネ艦隊は、逃げるためのものではなく、スパルタ軍を挟み撃ちにするための用意だったのだ。その証拠に、カブリアス率いる本隊が反撃に転じ、じりじり押し返し始めていた。
「退却を!退却の合図を!」
アゲシラオスは慌てた。
味方は騎虎の勢いで追撃に入っており、そこに退却を命じたため軍は混乱した。
「なんだ、退却の合図だぞ」「まさか、われらは優勢なのだぞ」
そこにカレス率いる上陸部隊が殺到してくると、パウサニアス隊もデイノン隊もどっと崩れたった。
カブリアス隊とカレス隊の挟撃を受け、スパルタ軍は潰乱した。
カブリアスは、躍り上がるようにして号令した。
「今だ!今こそアゲシラオスを討ち取る時だ!全軍かかれ!」
スパルタ軍は総崩れとなった。
が、スパルタ軍にとって幸いであったのは、逃げる場所が一つ残されていたことだ。メガラの城である。スパルタ兵は続々城内に逃れていく。
アゲシラオスも辛うじてメガラの城に入ることができた。そして、門を閉ざして防御を固めた。
「ちっ、大魚を逸したか」
カブリアスは舌打ちした。
しかし、戦いはアテネ軍の大勝利である。カブリアスは、意気揚々と自陣に引き揚げた。
アテネ軍はメガラを包囲したが、数日後、カブリアスは、突然全軍に退却を命じた。
「将軍。なにゆえ退却なれるのですか?敵は袋の中のねずみ。アゲシラオスを討てば、一躍ギリシアの覇権を掌中にできるのですぞ」
カレスの不満顔に、カブリアス、じろりと一瞥した。
「分からぬやつだな。お前は」
「何がですか?」
「スパルタはギリシアの覇者。いくらでも後詰が利くのだ。ここで我らが呑気にメガラを包囲していれば、スパルタ本国や他の同盟国が援軍を続々寄越してくるのが分からんのか。逆に我らが挟み撃ちにされてしまうわ」
「あ」
「我らの同盟国はまだ少数。一大決戦を挑む時ではない。あわよくばアゲシラオスを討つつもりでいたが、城を囲んでの長期戦は我らにとって不利。となれば、勝ち戦のまま退くのが最上の策」
そばでアルキアスが頷いていた。
さすがにカブリアスは名将。戦機を充分に心得ていた。
彼は、軍をまとめると、さっとアテネへ退却していった。その退却の様も見事であった。
小説ブログのランキングに参加しています。
恐縮ですが、下記URLをクリックしてください。
https://www.blogmura.com/ にほんブログ村
よろしくお願いいたします。
|