新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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序  章---最初から読みたい人はここからスタート

ラケダイモンの章(第1章)---この物語の真の始まりはここから。最近映画で話題となったスパルタのことも分かります

アカデメイアの章(第2章)---主人公はアテネへ逃れ、理想の国を求め、プラトンの学園アカデメイアの門を叩く

カドメイアの章(第3章)---祖国テバイの解放を目指し、エパミノンダス、ペロピダスたちが立ち上がる

レウクトラの章(第4章)---覇者スパルタとテバイが激突。一大決戦へ

メッセニアの章(第5章)---メッセニア解放の誓いを実現へ。テバイ軍、スパルタ本国に進撃

テッサリア・マケドニアの章(第6章)---ギリシア世界統一へ。ペロピダス、北方遠征開始

ペルシアの章(第7章)---帝国ペルシアの都を舞台に、テバイ、スパルタ、アテネが熾烈な外交戦を展開する

キュノスケファライの章(第8章)---錯綜する諸国の争い。ペロピダス、再び北の大地に進む

エーゲ海の章(第9章)---エーゲ海の覇権を賭け、海の覇者アテネと陸の覇者テバイが激突(第26節より当分の間ファン限定)

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 首都攻防戦
 アンタルキダスが南に走ったその翌日。
アルテミス神域に集結していたテバイ軍が動き出した。目標は、当然アゲシラオスらが立て籠もるアクロポリス。
 ギリシアのポリス(都市国家)に必ずある聖域アクロポリスは、ほとんどが丘の上又は山の上にあった。もっとも有名なアテネのアクロポリスも、出入り口が一つしかない、三方が断崖に囲まれた丘の上にある。アクロポリスが要害に築かれるのは、国家防衛の、最後の砦の機能も果たしたからである。
 が、スパルタのアクロポリスのある丘は、それほど険峻ではない。南から緩やかな坂が続いている小高い丘に過ぎない。ギリシア最強を自負する彼らは、ここに立て籠もるという事態を想定していなかったのだ。
 しかし、今は、そんなことを言っていられない。
 アゲシラオスは、兵を総動員して、アクロポリスの周囲に柵を築き、また取り壊した建物の瓦礫など、防御に役立つ全てのものを積み上げて、急ぎ守備を固めた。
 朝日が昇るのと同時に、そのアクロポリスを目指して、北からメロン隊とペイシアス将軍率いるアルゴス軍、西からペロピダス隊とリュコメデス率いるアルカディア軍、南からティモファネス率いるコリントス軍が、包み込むように攻め寄せた。

 アゲシラオス王は、敵の総攻撃の間近なことを悟り、諸将に矢継ぎ早に指示を出し、兵を励まし、防御に綻びがないかと自らもアクロポリスの中を駆け回っていた。
 その王の姿を求めて兵が走ってきた。
「敵軍が攻め寄せてきます!」
「来たか」
 王は柵から敵を見た。
「おおお」
 アゲシラオスは目を見張った。雲霞の如き大軍が三方より迫ってくる。
(柵に取りつかれては、とても防ぎきれぬ。敵は四万、味方はせいぜい六千…)
 王は振り向いた。
「アルキダモス!ポロス!」
「はいっ!」「はっ!」
「二人に、それぞれ千の兵を授ける。街の要所に打って出よ!」
 その命令を聞くと、二人は蒼白になった。
「父上、敵は四万。二千の兵力ではとても太刀打ちできません」
「左様、無謀かと思われます」
 アゲシラオスは苦笑した。
「そんなことはわかっておるわ。誰がまともに勝負しろと言ったかよ」
「は?」
「敵を後方から撹乱するのだ。よいか、あくまでも撹乱が目的、戦うことではない」
「撹乱でございますか」
「そうじゃ。敵は、スパルタの街の地理には不案内。その敵に一撃を与えては逃げ、一撃を与えては逃げ、撹乱するのだ」
 スパルタの街は、建物は多くなく、所々に木々が茂り、緑が多いことから、ゲリラ戦にはうってつけであった。
「敵が怒って追撃してくれば、いかがいたせば?」
 ポロスが訊いた。
 ラケダイモン戦士は、将の命令あるまで退却できないという鉄の規律があったからだ。
「戦ってはならぬ。どこまでも逃げよ」
「どこまでも…ですか?」
 戸惑うポロスにアゲシラオスは大きく頷いて見せた。
「敵が追撃してくれれば、思う壺。敵の兵力を分散することができる。我らの防御もたやすくなるというものだ」
「なるほど」
 アゲシラオスの意図するところを納得した二人は、直ちにアクロポリスから出撃し、南のアゴラや、周囲の緑に姿を隠して、敵を待ち伏せた。

 南の道を進むはコリントス軍。アゴラを通ってアクロポリスに攻め込むべく進んでいた。先頭に総大将ティモファネス。傍には、勿論、智勇兼備の弟ティモレオンがいた。
「兄上、これはちと用心が必要ですぞ」
「なぜだ?」
「この静寂は異常です。鬼気迫るものを感じます」
 弟の言葉に、周囲を注意深く見回したティモファネス、からからと笑い出した。
「我らの進撃を恐れ避難したのであろう。静寂は当然。不審がることではない」
「それにしても、ここまで何の気配がないというのはおかしゅうございます」
 そう。あたりは不気味なほどの静けさであった。木々が時折吹く風に揺れ、さやさやと鳴るだけであった。
「はははは」
 ティモファネスは豪快に笑った。
「弟よ。そちは心配性すぎる。我らは圧倒的大軍。悠々と兵を進めればよいのだ」
 その笑い声が終わった時であった。突然、周囲の建物から矢が飛んできた。
「ぐわっ」「ぎゃっ」
 コリントス兵の体のあちこちに矢が突き刺さった。
 そして、喚声とともに、建物の影からスパルタの重装歩兵がいきなり現れた。楯を左手に、赤いマントを翻して突進してくる。
「おお!敵襲だ!」
 慌てて手綱を引いたため、ティモファネスの馬がいなないた。
 コリントス軍は、敵の奇襲攻撃に混乱した。周囲から沸き起こるスパルタ軍の喚声は、彼らに恐怖感を呼び起こさせた。
 確かに、スパルタはレウクトラで敗れた。が、他の諸国は、これまでスパルタ軍来ると聞くだけで、逃げ惑うほど恐れていたのだ。
 ラムダの楯をもつスパルタ戦士の悪鬼の如き形相を前に、完全に浮き足立ってしまった。
「ええい!敵は小勢だ!慌てるなっ!」
 ティモファネスが、いくら怒鳴っても混乱はやまなかった。
 
 後方にいるエパミノンダスの許にも、コリントス軍苦戦の一報が届いた。
「なにっ、敵の奇襲だと!」
 エパミノンダスは驚いた。
 さすがの彼も、敵兵は全てアクロポリス内に立て籠もっていると思い込んでいた。
「はっ。コリントス軍は混乱し崩れたっております!」
「ふむ。いかに大軍に見せかけようと敵は小勢。ゴルギアス!」
「おう!」
 ゴルギアスが野太い声で応じた。
「そなた、コリントス軍の救援に向かえ。道を塞ぐ敵を蹴散らしてまいれ」
「かしこまりました」
 ゴルギアスは、勇躍して、三千の兵を率いてコリントス軍の救援に向かった。
 が、彼が着いた時には、道端に敵味方の死体が転がっているだけで、敵影はどこにもなかった。
「おう、敵はどこへ消えた?」
 そこにティモレオンが一隊を率いて戻ってきた。
「お。ゴルギアス将軍」
「ティモレオン殿か。敵はどこへ行ったのだ?」
「いや、我らを突き崩してしばらく攻め立てておりましたが、突然南方に退却しはじめまして…。今、兄上の軍が、それを追撃しておるところです」
 肩透かしを食らったゴルギアスは、拍子抜けした表情を浮かべた。が、敵が退却した以上、ここにいても仕方がない。彼は、本陣に戻り、エパミノンダスに報告した。
「ふーむ」
「これは何か考えがあってのことでしょうか」
 ゴルギアスは首をかしげた。
「敵は小勢。遊撃戦(ゲリラ戦)で我らに対抗しようという腹積もりなのであろう」
 そこに、ペロピダス隊からも、ゲリラ攻撃を受けて少なからず損害を受けたとの報告が入ってきた。いや、それだけではない。さらに、アクロポリスの北から攻めかかったメロン隊とアルゴス軍が、不意に打って出てきたアゲシラオスの決死の攻撃の前に、大きな損害を蒙ったとの報が届いた。
「ふーむ」
 エパミノンダスは思案に落ちた。
(敵を甘く見すぎたか…。味方は大軍ではあるが、まともに調練も施されていない寄せ集めに過ぎん。このままでは、各個撃破されてしまう恐れもある…)
「ゴルギアスよ。全軍に退却の合図を」
「え!まだ我ら、まともに敵軍と戦っておりませんぞ」
 ゴルギアス、大いに不満顔になった。スパルタ攻略の名誉を得たいものと、気負っていたものと見える。
 エパミノンダスは大いに不機嫌になった。
「ゴルギアスよ。我らはギリシアを統一して、全ての民に自由と独立をもたらすために戦っておる。誰かの名誉のためではない。それを忘れると許さんぞっ!」
 滅多に怒ることのないエパミノンダスの叱責を受けて、ゴルギアスはうな垂れた。
 テバイ軍と同盟軍の全軍は、アルテミス神域に退却した。
 スパルタは、ひとまず滅亡の危機を免れたのである。


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