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プラトンの帝王学
第一回シラクサ訪問は、プラトンにとって散々な結果に終わったが、ディオンは、プラトンの哲学を愛好するようになっていった。そして、プラトンと書簡をやりとりし、感銘を受けたディオンは、プラトンの弟子となった。
その後、ディオンは、ディオニュシオス一世の信頼を得て、大いにその手腕を国政に発揮した。行き過ぎた独裁政治を戒め、ディオニュシオスの悪評が大きくならないように配慮したのだ。そのため、人の意見に滅多に耳を傾けないディオニュシオスも、ディオンの言葉だけは重んじた。
紀元前367年。やがて、ディオニュシオスも最期の時を迎えた。
臨終の際に、ディオンを枕元に呼んだ。
「余の死後、そなたは宰相となり、わが子ディオニュシオスを補佐して盛り立てて欲しい」
ディオンは力強く頷いた。
「お任せください。必ずや、二世閣下を盛り立ててまいります」
ディオニュシオス一世は、その言葉に安心した。
彼は、独裁者の末路としては、至って平穏な死を迎えることができたのである。
ディオニュシオス一世の死後、直ちに、その子ディオニュシオス二世が国君に即位した。そして、ディオンは、一世の遺言に従い宰相となった。この時、四十二歳。
ディオンは、理想国家建設の情熱に燃えた。彼は、二世の即位を好機と捉えた。
(このお方を名君に育て上げ、シラクサをギリシア世界に冠たる理想国家にしてみせる)
そこで、ディオニュシオス二世をプラトンに教育してもらおうと考えた。
彼は手紙を送り、プラトンを招聘した。
『父ディオニュシオス一世と異なり、その子ディオニュシオス二世は、未だ思想の骨格は定まるに至っておりません。今、先生に指導いただくことかないますれば、このシラクサを、真の王者が治める理想国家とすることができましょう』
その手紙を読んだプラトン、前回のこともあるので、あまり気が進まなかった。が、文面を読み進むにつれ、ディオンの理想国家建設の熱意が伝わってきた。
(今こそ、大国の指導者を哲人として生まれ変わらせ、理想国家を実現し、私の学説の正しさを実証するときが来た)
学者として脂の乗りきった時期である。自分の学説を実現させようと意気込んだ。
こうして、紀元前367年秋、プラトンは、副学頭スペウシッポスら弟子たちを供に連れ、イオニア海を渡り、再びシラクサの土を踏んだ。第二回シラクサ訪問である。
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