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その後クレオメネス-下(さらにさらに続き)
その頃、クレオメネスと十三人の猛者たちは、監獄を襲い、まず不意をついて一の門と二の門をぶち破った。そして、最後の、三の門を破らんと、わらわら群がっていた。
「我ら、アレクサンドリアの民を解放するために決起したものぞ!」
「素直に門を開けろ!」
が、そんな大義など監獄の兵には与り知らぬこと。彼らは、必死に抵抗した。
しかし、守備するのは数十人の兵に過ぎない。しかも、長年の平和に慣れきった者たちばかり。猛るラケダイモン戦士の雄叫びに、がたがた震えながら、門を押さえて踏ん張るだけであった。
それでも、時間稼ぎの効果はあった。近衛兵が駆けつけてきたからだ。
「王様!近衛兵です!」
「くそっ、間に合わなかったか」
クレオメネスは地団太踏んだ。
「このままでは挟み撃ちになってしまいます!」
「よし、引け!」
クレオメネスの一隊は、監獄を諦めて、脱兎の如く退散した。
クレオメネスと十三人の戦士たちは、監獄で奪った馬に乗ると、アレクサンドリアの街中を駆け回った。時は夕刻。常ならば人々で賑わう通りも、人影も見えなかった。
彼らは、無我夢中になって疾駆し、声の限り叫びまわった。
「我らに呼応し自由を掴め!」
「尊厳を取り戻せ!」
「武器を取るのだ!」
住民は、窓の隙間から、ラケダイモンの人々を見た。
誰もが驚嘆の眼差しを向けていたが、彼らにそんな挙に加わる気概はない。
なんといっても、プトレマイオス朝は、創始以来百年余、国をよく治め、ために都は繁栄を謳歌していた。都の人々は、政治的権利こそないものの、経済的な豊かさは十二分に享受していたのだ。四世王の暗愚も、未だ悪政としては現れておらず、所詮、宮中内の出来事に過ぎなかった。
そう。豊かな国では、革命は起きないのだ。いかにいびつな統治構造であっても。
しんと静まり返った街の通りにあって、クレオメネスは天を仰いだ。
「なるほど。かほどに自由を厭う民であれば、国が女に支配されるのも無理はない」
やがて、遠くに砂埃がもうもうと立つのが見え始めた。叛乱を鎮圧すべく駆けつけてきた官軍に違いなかった。
「諸君!これまでだ!」
クレオメネスは、埃と汗にまみれた顔を、奮闘してきた人々に向けた。
「よくぞ、これまで余に従ってくれた。かくなる上は是非もなし。祖国ラケダイモンの名誉と、我らの名誉のため、ここで潔く死んでくれ」
人々はこくと頷いた。絶望した顔ではない。戦い抜いた誇りに満ちていた。
「パンテウス」
「はい」
「そなたは、我らが全員果てたのを見届けてから、最後に果ててくれ」
「かしこまりました」
途端に、人々は次々と自決し始めた。老臣ヒッピダスは、力尽きていたため、若い者に剣を握ってもらって、自身の体を刺し貫いた。
クレオメネスは、身じろぎもせず、人々の最期を見詰めていたが、やがて剣の切っ先を胸に当てた。
「ラケダイモンの地下に眠る歴代の王よ。セラシアの地に眠る無数の魂よ。力及ばず申し訳ない。今は、死んで詫びるよりほかなし」
クレオメネスは、ずんと胸を突き、その場に身を崩した。
パンテウスは、同志たちが全て倒れるのを見届けると、人々の息があるかどうかを確認し、念を入れて、人々の体を一刺していった。
最後にクレオメネスの傍に寄り、その踵を刺すと、王は一瞬顔をしかめた。ために、パンテウスは、王の口元に耳を近づけたが、もう息は絶えていた。
「王よ。最後の任をし遂げました。わたくしも、先祖たちに詫びるため、お供いたします」
そういって、胸を一突きし、クレオメネスの体に折り重なるよう倒れた。
紀元前219年、ラケダイモン王クレオメネス三世は、アレクサンドリアの地で、同志たちと共にこの世を去った。享年四十一歳であった。
その後、人質となっていた、母のクラテシクレイア、クレオメネスの息子も、運命を共にした。パンテウスの、若き妻も運命を共にしたとのことである。
ラケダイモンの王統は、クレオメネスの死により絶えてしまうこととなった。
クレオメネスの死、そして、アラトスの死により、ギリシア世界は、二度と輝きを取り戻すことはなかった。時代は、西方の世界へと大きく動いていくこととなる。
第一章アカイアの章終わり。第二章カルタゴの章へ続く。
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