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禍根(続き)
元老院は喧々諤々の議論となった。
ここで決め手となったのは故事である。
「我ら、マメルティニの暴虐を憎めど、国家の安全を考え、メッシーナのマメルティニを支援することを決意した。そして、今日の勝利を得た。今もそれと同じだ。確かに、傭兵どもに同情する理由は一つもない。が、彼らに味方することで、ローマ国家の安全を図れるというのならば、それを忌避する理由はないはずだ」
こうして、とうとうサルディニア島攻略が元老院で決議された。
ローマ軍は、傭兵どもを先頭にサルディニア島に上陸した。精強なローマ軍相手に、現地住民の寄せ集めの兵力で勝てるわけもない。次々に打ち破っていった。
また、住民の中にも、ローマによる統治を歓迎する向きもあった。ここにも、カルタゴ政府の二重行政−フェニキア人は厚遇し土着住民を過酷に扱う−を憎む人々が少なからず存在したのだ。
こういった諸々の要素があって、ローマ軍は、あっという間にサルディニア島全土を制圧した。
カルタゴ元老院は怒った。
とはいえ、この疲弊しきった状況で、ローマ相手に戦争するわけにはいかない。
ローマには使節を送って抗議するとともに、反乱軍を討伐するという名目で、軍隊を編成し始めた。あくまでも、傭兵たちやそれに与する住民を討つという理由で、サルディニアを奪い返そうとしたのだ。
しかし、ローマは許さなかった。
「カルタゴの行為は、我がローマへの宣戦布告である」
そう断ずるや、再び、対カルタゴ戦の準備に入ったのだ。
カルタゴ元老院は絶望的な空気に包まれた。
年の暮れから激論が交わされた。
「ローマの不正義を懲らしめねばならぬ!」
「そうだ!我らの父祖が拓いたサルディニアの土地を渡してはならぬ!」
こういった主戦派もいるにはいた。
が、大きな声にはならなかった。カルタゴ人は疲れきっていた。相手が傭兵の残党だけならばともかく、ローマと戦うなど思いもよらない。
ハミルカル党もハンノン党も、開戦を支持することはなかった。
年が明けて紀元前237年。
カルタゴに残された道は、屈服しかなかった。
結局、カルタゴは、サルディニアのローマ帰属を承認し、さらに賠償金を上積みするという屈辱的な和議を受け容れざるを得なかった。
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