|
https://www.blogmura.com/ にほんブログ村
↑
ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)
新天地へ
季節は過ぎて紀元前237年秋。
カルタゴの街は、ようやく平穏を取り戻していた。
港には、船が所狭しと碇泊し、海外の物産を山と積み下ろし、他方、大陸でとれた物産をどしどし積み込み、帆を張って滑り出していく。
当然、市場には物が溢れ、活況を呈し始めていた。
ここが商人の国であること、それを思い出したかのように、カルタゴは急激に復興し始めていた。
そんな中、一台の馬車ががらがらと通っていく。
何分、カルタゴの街路は窮屈だ。人々は、うんざりした視線を遣った。
フェニキア人は、伝統的にこういう街づくりを好む。要害の狭い土地に街を設計するのだ。陸から少し離れた小島や、岬の上やらに好んで都市を建設した。テュロスやベリュトス(現ベイルート)などである。
現に、このカルタゴも岬の上に建設された都市だ。
だから、道は狭く細い。荷物を担いで行き交うにも一苦労だ。
「ち、馬車か。こんな狭い道を…」
「まったく邪魔だよな」
日々の稼ぎに躍起の市民たちはあからさまに舌打ちした。
が、人々は、その馬車に刻まれた紋章を見ると、驚き慌て道を開けた。そればかりか、敬意を表し、誰もがお辞儀をして見送っていく。
バルカ家の馬車だ。
車上にあるのは、当主のハミルカル、そして、彼の息子ハンニバル。
「父上、どこに行くのですか?」
長男のハンニバルが訊いた。この時、九歳。
「バァルの神殿だ」
バァル神は、嵐と慈雨の神。雷も司り、雷光を意味する家名バルカの由来でもある。従って、バルカ家にとっては氏神の如き存在である。
「何しに行くのですか?」
少年は父の顔を見上げた。
「お願いをするためだ」
「何をお願いするのですか?」
少年は、子どもらしく何でも聞きたがった。
「ふ」
ハミルカルは微笑み、息子の頭を撫でた。
「神への願いは神の前で口にすること。人前でみだりに口にするものではない」
「なぜですか?」
「神が人の願いを軽んじないようにするためだ」
「ふーん」
少年は今一つ腑に落ちないようだ。
「お前は、人が、ああだこうだと騒いでいる言葉を尊いものと思うか」
「いいえ」
「それと同じだ。大切な言葉は大切に扱うもの。大切な願いは大切な場所でこそ、口にするものなのだ。分かるか、ハンニバル」
ハミルカルは、いつも子どもたちに真剣に相対した。だから、子どもたちも、父親を真剣に見詰めるのが常であった。
「分かりました、父上」
「よし、えらいぞ」
父は子の頭をぐいぐい撫でてやった。ハンニバルは嬉しそうだった。
|