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※両軍の当初の隊形は4月23日、その後の展開は5月14日の分を御覧下さい。
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空前の大勝利
「御曹司!」
旗持ちのディキトゥスが呆然とするプブリウスの許に駆け寄って来た。
「もはやこれまで。血路を開いて退却いたしましょう!」
「この期に及んで逃げるのか…」
プブリウスは呟くように言った。
尊敬してやまない義父の死に、体の全てから力が抜けていく心地がしていた。
(この先、生きる希望があるとは思えない…)
つんざく喚声、飛び交う怒号、哀れな味方の悲鳴。
周囲取り巻く絶望の光景に、思考が停止していた。
「御曹司!しっかりなさいませ!諦めるのは早うございますぞ!」
ディキトゥス、声を大にした。
「ディキトゥス…お前一人で逃げるがいい」
「な、なにを言われる」
「私は、ここで戦って死ぬ。それこそが、名家の子としての責務。ローマに戻って弟ルキウスにそう伝えてくれ」
そういうと、先ほど義父から渡された『星天の剣』を手に、ふらりと立ち上がった。
敵の群れに飛び込み、戦死を遂げようというのであろう。
人は、絶望の縁に追いやられると、むしろ死を望むようになる。死の先に安息を見出すのだ。
その時である。
胸ぐらがを掴まれたと思った途端、ぱあんと思いっきり頬を打たれた。
勢い余ってプブリウス、その場に倒れてしまった。
「な、何をする!」
驚いてディキトゥスの顔を見た。
「だから貴顕の坊ちゃんは駄目なんだ!」
旗持ちの一兵卒は喚いた。
もう身分の上下など関係ない。頭ごなしに叱りつけた。
「生きる望みがあればそれに賭ける!それが神に与えられた尊い命を抱く、我ら人間の務めですぞ!生の意味など後で考えなされ!」
それは人間のどこかにある真実の叫びだ。
「う…」
プブリウス、言い返せない。
と、麻痺していた感覚がようやく甦ってきた。頬に強い痛みを覚えた。
(…僕はまだ生きている)
自身の生命を感じた。と同時に頭脳が働き出すのを知覚した。
頭脳は、ここを逃げ出すことができれば、と考え出していた。
(今日の敗北を糧に…また働きたい)
強烈な欲求が体内から沸いて来た。
それは生存の希求だ。
「よし!逃げよう!」
プブリウスは泥まみれの顔で頷いた。
「おお!それでこそ!」
「ただ、この重囲をどうやっで脱するのか?」
前面からカルタゴ人歩兵、左右からリュビア人歩兵、背後からカルタゴ騎兵隊と、全てを取り囲まれていた。
「手前に考えがあります」
「どんな」
「胸元の赤い布切れを捨てなされ」
「…そうか!その手があったか!」
最前も述べたように、リュビア人歩兵は、トラスメヌス湖畔で分捕ったローマ式の武装をしている。つまり、布切れがなければ、敵味方の区別がつかないのだ。
ディキトゥスは、小さく笑うと、こくと頷いた。
二人は、胸元の布切れをぐいと引きちぎって捨てた。
「では、行きますぞ」
「おう」
二人は、周囲の激闘を顧みず、右手の方、即ち、西の方に動き出した。
味方を掻き分け掻き分け、ただただ生き延びるために、もがき続けた。
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