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凱旋そして平和へ(さらに続き)
数日後。元老院でカルタゴ使節の演説がなされた。
当時の地中海諸国の慣例では、講和を求める国が相手国に使節を送り、民会や元老院で意見する機会が与えられていた。
登壇したのは男装の麗人マニアケス。
「我がカルタゴ国家は、全てをローマの信義に委ねることを決定しました」
これが事の全てを言い表していた。
『ローマの信義に委ねる』とは、無条件降伏を意味する慣用句であった。
ローマは交戦国と和議を結ぶ際、この意思表明を相手に求めるのが常であった。ヒエロン率いるシラクサと戦い講和した際にも、中身はほぼ対等な和約であったが、ヒエロン側はこの文言を用いたという。
要は、服従を誓わせ、その後に同盟の恩恵を与える、これがローマのやり方であった。
即ち、カルタゴは、これ以降、ローマの同盟国の一員となった訳だ。
「一つ懸念がある」
立ち上がったのは元老院議員になったばかりのカトー。
既に、その雄弁で汚職告発などで名を上げ始めていた。
「何でございましょう」
マニアケスは柔らかな物腰で問うた。
「カルタゴには、今回の戦いの首謀ハンニバルが存命とか。なのに、カルタゴ政府は、責任をもって和平を誓うことが出来るのか」
明らかにカトーは不満の面持ちであった。否、内心、不満で渦巻いていた。
(ハンニバルら戦犯の引き渡しを求めぬ講和条約など言語道断)
その点を衝けば、スキピオ人気に沸騰するローマ市民に冷や水を浴びせ、落ち着きを取り戻させることが出来る、そんな風に思惑しているようであった。
「その者が今回の和平を決断いたしました」
マニアケスの反論は明快であった。
「将たる者、矛を収める時も弁えておらねばなりませぬ。ゆえに、なおも国内に残る抗戦の意見を押さえ、国論を和平にまとめることが出来たのでございます」
言外に、ハンニバルあればこそ、今回の和平が実現したのだと強調した。
それは、敗者なれども、国の代表として譲れぬ尊厳を見せものであった。
「その者を引き渡せ、貴公の言がそういう意味ならば、そもそもこの講和を諦める、それと同義かと存じます」
「む…」
気迫ある反論に、雄弁家カトーも押し黙らざるを得なかった。
なぜならば、元老院も和平実現では異論はなかったからだ。
間もなく元老院は決議した。
「元老院は、プロコンスル、プブリウス・スキピオ君の締結した講話条約を了とし、これをコミティア・ケントゥリア(ケントゥリア民会)の承認手続に付するものとする」
それから数日後。
マルスの野で開催されたケントゥリア民会は、圧倒的多数の賛成で、スキピオの講和条約を承認した。
こうして、ローマ、カルタゴ両国に再び平和の時が訪れることとなったのだ。
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