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マニアケス帰る
紀元前201年早春。
パラティヌス丘のスキピオ邸。
「長らくお世話になりました」
マニアケスが帰国の挨拶のため訪れていた。
彼女の使節としての逗留は数ヶ月に及んでいた。元老院での弁明を速やかに済ませ、民会での承認も直ちに行われたが、条約の履行にあたって詰めることはたくさんある。人質の選定など、事務的作業に随分と時間を費やしたものであった。
「そうか…やはり帰るのか」
スキピオは言った。
実は、彼女に対し、このままローマに留まってはどうかと勧めていた。
「そなたはラエリウスの姉。また、セルギウスは義父に当たる。また、馴染みのミルトもいる。これも縁であろう。戦いも終わったこと。ここローマに残って生活してはどうか。そなたほどの者ならば、大いにその才能を役立てることが出来よう」
これまでのことは一切水に流し、仲間になろうではないか、そういう大度な申し出であった。
元来、ローマびとにはこういう気質があった。敵であった者でも、器量を認めると、大いにもてなすような所が。
かつて、第一次ローマ・カルタゴ戦争の終結の際、ハミルカルが講和交渉のためローマを訪れた際、ローマの元老たちは彼の将器の大きさを褒めそやし、名家と言われる家々はこぞって彼を招待したという。
「ありがたきお言葉」
マニアケスは素直に感謝した。
だが、決まってこう言って断るのが常であった。
「されど、こたびの戦いでは、敵味方大勢の者が犠牲となりました。その戦いの余燼収まらぬうちに、わたくしだけが平穏を得るのはあまりにも申し訳なく」
ハンニバルの次弟ハシュドゥルバルに末弟マゴーネ、ジスコーネ、ソフォニスバの兄姉、その他にも身近な人々の多くが倒れ、非業の最期を遂げてしまっていた。
固辞するマニアケスを、スキピオはなおも説いた。
「そこまで義理立てする必要があるのか。ハンニバルとて、そなたのこれまでの働きを称揚しこそすれ、これ以上、そなたに何かを求めることもあるまい」
前の総督ハシュドゥルバルやらに対する義理立ては、この十数年に及ぶ戦いで充分に果たしたのではないか、その他の犠牲もやむなき次第で、マニアケスの責任ではない。そして、これからはローマの時代。才能を役立てるのならば、このローマにあってこそではないか、と縷々と説いた。
だが、結局マニアケスが肯んじることはなかった。
そう。彼女の生きる途は、いつも論理や利害を超えた所にあった。
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