新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 マニアケス帰る(さらにさらに続き)
 数日後。マニアケスの姿はオスティアの港にあった。
 ラエリウスとセルギウスが頭巾を被り、そして、ミルトが従者に扮して、密かに見送りに出ていた。




「貴方樣方にも随分とお世話になりました」
 マニアケス、身なりは男装のままであったが、女性らしい柔和な挨拶をした。
「姉上…このままローマに住まわればよろしいのに…」
 ラエリウス、惜しげに繰り返した。
 彼も、姉の在ローマ中、何度も説得していたのだ。
「そうですとも。カルタゴに頭領様の縁戚がいる訳でもなし」
 ミルトが加勢した。




「いや…」
 マニアケスは静かに首を振った。
「そなたらの気持ちはありがたい。だが、奥方様と御曹司を連れ戻らねばならぬし」
「それは姉上でなくともよろしゅうございましょう。私が、幼馴染みのトレベリウスに命じ、護衛させてもよろしゅうございます」
 ラエリウス、なおも言い募った。
「いや…。二人を守ること、これは戦いに敗れてしまった後の、先の総督様に対するせめての義理立て。これは遂げたい。そして、バルカ家の行く末も見届けたい」
「姉上…」




「これを」
 マニアケスは、おもむろに懐からイチジクを取り出した。
「それは…カルタゴのものか?」
 セルギウスが訊いた。
「そうです。まだこのようにみずみずしいまま」
 そのイチジクは、アフリカの燦々降り注ぐ日光を浴びて育ち、ローマへと輸出されたものであろう。戦後間もない頃であったが、早くも、生きるための経済が動き始めていた。ローマとカルタゴ、実は、航路三日ほどの行程でしかないのだ。
「我ら、別れるとはいえ、実は、そのように近い所にいる者同士。その気になれば、いつでも会うことが出来るでしょう」
 微笑みを投げかけると、マニアケスは甲板へ軽やかに上がっていった。
 彼女の視線に、ある人物の姿が目に入った。




 頭巾に被った人物が二人。港の方を見詰めていた。
「閣下は見送らなくとも宜しいので?」
 一人の男が頭巾をぐいと上げた。ヘレンニウスだ。
「私はあの者の家族ではないからな」
 マニアケスを囲むのは、彼女の家族ばかり。ラエリウスは弟。セルギウスは義父にあたる。ミルトはラエリウスの妻。
「そうですけども…」
 ヘレンニウス、どうやらあの輪の中に入りたいらしかった。
 そう。人とは、人の輪にあってこそ安堵する生き物なのだ。
「お前、見送りたかったら、行って来たらどうだ」
 頭巾の人物は、からかうような口調で勧めた。
「いや、私も家族ではありませんので」
「強がるな」
「強がってはおりませぬ」




 ぐいと頭巾を上げた。スキピオであった。
 近頃、彼を讃えるべく副え名が加わった。
 アフリカ平定を讃え『アフリカヌス』との副え名が。だから、以降、彼は、プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌスと呼ばれるようになった。
「我らも祈ろうではないか」
「祈る?」
「あの者の先途の安穏を」
「マニアケスの安穏を?」
「あの者の平和はローマの平和に繋がるからだ」
「マニアケスの平和がこのローマの平和に…?」
「あの者が矛を置く意味を考えよ」
「…なるほど。確かにそうですな」
 ヘレンニウスは大きく頷き、改めて彼女の方を凝視した。
 そう。マニアケスは戦陣に活躍する存在。彼女が平穏であるということは、カルタゴの平和、ひいてはローマの平和となろう。




 やがて、船は帆を揚げると、ゆるゆると桟橋から離れ始めた。
 マニアケスは手をすっと上げた。
 それは桟橋にいる三人、そして、遠くにいる人に向かって。
 
第11章ザマの章終わり。第12章アジアの章へ続く。

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