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第13章世界帝国の章 登場人物紹介 (※年代は全て紀元前)
スキピオ
プブリウス・コルネリウス・スキピオ。
ヒスパニア遠征軍の指揮権を獲得し(210年)、新カルタゴ(カルタゴ・ノヴァ)を攻略(209年)。イリパにてジスコーネ率いる大軍を撃破しヒスパニア平定に成功(206年早春)。
30歳で執政官に当選(206年秋)。アフリカ大陸に上陸(204年)。
アフリカに帰還したハンニバルとザマで決戦(202年)。激闘の末、大勝利を収める。
ハンニバルと講和。終戦に導いた功績で「アフリカヌス」の称号。絶大な権威を獲得。
監察官(199年)を経て再び執政官に就任(194年)。
アンティオコス大王との戦いに備え、弟ルキウス、ラエリウスと共に動きだす。
本編の主人公。
アンティオコス大王
セレウコス朝シリア国王。アンティオコス三世。
兄セレウコス三世が暗殺されたため、若干19歳にて王位を継承(223年)。モロン兄弟の反乱をなんとか鎮圧。次いで王家を蝕む権臣ヘルメイアスの粛清に成功し王権確立(220年)。
小アジアに進攻し王族アカイオスをサルディスに包囲(216年)、数年がかりでこれをなんとか滅ぼすことに成功(213年初め)。
内政の安定に務めた後、宿願の東方遠征を開始(209年春)。
ヒュルカニアの草原地帯に新興パルティアを追撃し圧勝。
そして、中央アジアのバクトリアに進撃(208年初秋)。2年に及ぶ首都バクトラ包囲戦の後、和睦に応じ、バクトリア王家に服従を誓わせる(206年初秋)。
さらにガンダーラに進攻、インダス川に到達。インド北西の王スパガセーナと対峙するも、すぐに和睦。インダス川以西のアジアの支配権を確立(206年)。
ここにアレクサンドロス大王以来となる「大王(メガス)」の権威を獲得(205年)。
その後、ギリシア世界の制覇を目論み西進。イオニアを制圧、さらにヨーロッパに上陸。
ハンニバル
ハンニバル・バルカ。
アルプス山脈を越えイタリアに進攻(218年)。ローマ本市を脅かすも、ローマ軍の反撃に次第に苦戦。本国政府の要請に応じイタリア撤退、アフリカに帰還(203年)。
ザマの決戦にカルタゴの命運を賭けて臨むも大敗北(202年)。
戦後は和平の道筋をつけた後、政界を引退(201年)。
しかし、国政の腐敗・混乱を目の当たりに再出馬。スフェス(首相)に就任(197年)。
国政改革にまい進するも守旧派の抵抗と陰謀により、ついに祖国を捨て亡命(195年)。
アンティオコス大王の宮廷に身を寄せ、再起を図る。
マニアケス
部族を滅ぼされた復讐にイベリア総督を暗殺。しかし、死の間際に総督ハシュドゥルバルに許され改心(221年)。ハンニバルに仕え密偵として活躍し始める。
シラクサ争奪戦の敗北後(212年)、ヒスパニアに渡りジスコーネのそばにあって奮戦。ジスコーネと共にアフリカ大陸へ。シファクス、ソフォニスバの死後、再びハンニバルの許へ舞い戻り、ハンニバルと共にザマ決戦に臨む。
戦後は、ハンニバルと共に和平に尽力。ローマに特使として赴く。
講和条約の発効(201年)を見届け、カルタゴに帰国。
その後も常にハンニバルと行動を共にし、シリアへの亡命にも従う。
再び勃発した対ローマ戦において陰陽に活躍。
フィリッポス五世
アンティゴノス朝マケドニア国王。
アレクサンドロス大王の後継者を自負し東方への勢力拡大を企む。ペルガモン、ロードスなどの有力諸国と相次ぎ抗争。ついにハンニバル戦争勝利後の意気上がるローマと激突(199年〜)。
キュノスケファライの戦い(197年)にヘレニズム伝統の密集方陣で臨むも、フラミニヌス率いるローマ軍の散開攻撃に大敗北。ギリシア世界の覇権を喪失。マケドニア本国に逼塞。
憤懣に堪えない折、アンティオコスの大軍が眼前のギリシア本土に上陸。
ラエリウス
ガイウス・ラエリウス。スキピオの親友。
低い身分の出ながら、ヒスパニア、アフリカの遠征に従い大功を立てる。
ローマ帰国後、法務官(プラエトル)に就任。上流階級に仲間入り。
妻ミルトと共に豊かな生活を謳歌していたが…。
ミルト
ギリシア出身の女奴隷。
マニアケスの配下であったが、途中で脱走。ローマ市に流れる。
ラエリウスと結婚し市井の女として生きる決意をするも、恩人スキピオのため、ヒスパニア、アフリカ遠征に密偵として縦横無尽の活躍。
帰国後はラエリウス夫人として落ち着いた生活を送っていたが…。
ルキウス・スキピオ
ルキウス・コルネリウス・スキピオ。スキピオの弟。
実直な性格で、ヒスパニア、アフリカで兄スキピオを一途に支え続ける。
ギリシア世界に押し出してくるアンティオコス大王との外交交渉も担う。
191年秋。190年執政官選挙に出馬。
カトー
マルクス・フォルキウス・カトー(大カトー)。
雄弁家。平民(プレプス)ながら伝統を固守する保守政治家として名を馳せる。
旧来の伝統復活を求め、ギリシア化を推進容認するスキピオやフラミニヌスと対立。
195年に執政官に就任。質素倹約を推進。
カルタゴの復興に警戒。ハンニバルの再登板に対し、失脚させるべく狡猾な策を巡らす。
アンティオコス大王との対決に副官として従軍。ギリシア本土へ。
フラミニヌス
ティトゥス・クインクティウス・フラミニヌス。
198年、30歳の若さで執政官に就任。ギリシア遠征軍の指揮権を獲得。
ギリシア世界からアジアに勢力を振るうフィリッポス五世と対決。アオオス峡谷の戦いに勝利(198年)。アカイア同盟やアイトリア同盟を味方につけ、ギリシア本土に大挙進攻。
翌197年、テッサリアのキュノスケファライの戦いに大勝利。イストミアの布告(196年)にてギリシア諸国の解放を宣言。ローマの威徳を大いに示し内外に人望を高める。
アンティオコス大王との対決に副官として従軍。
エウメネス二世
ペルガモン王国の国王。ギリシア文化を愛する文化人。大富豪。
父アッタロス一世の路線を継承。強大化するアンティオコス大王に対抗すべくローマと友好条約締結、ロードス、アカイアとも同盟。
アンティオコス大王の大軍を海陸に迎え撃つ。
テレクレス
アテネの学園アカデメイアの学頭。
当初は懐疑派(何事も疑う)に身を置くが、アルキメデスの死を間近に見た経験から、創設者プラトンの理想主義に回帰。国家のあるべき姿を徹底追求。
スキピオの同窓。マニアケスとも知己。
エウダモス
ロードス艦隊の司令官。冷静沈着な武将。
アンティオコス大王の艦隊のエーゲ海侵入に対抗して神出鬼没の行動。
ポリュクセニダス
アンティオコス大王配下の艦隊司令官。海軍を指揮。
ロードス出身ながら、故郷ロードスの艦隊を容赦なく叩きのめす。
大挙押し寄せるローマ、ロードス、ペルガモンの連合艦隊を迎え撃つ。
ドミティウス
グナエウス・ドミティウス・アヘノバルブス。
192年の執政官。
フラミニヌスの推挙により、対アンティオコス戦の指揮官として登用される。陸戦の猛者。
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