新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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アルテミス神殿−終章1

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↑エフェソスのアルテミス神殿の想像図です。

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 アルテミス神殿
 紀元前189年春。
 戦いが終結し、ローマ軍と同盟軍は冬営地に散っていった。
 スキピオ兄弟の本軍はサルディスからエフェソスへ移動した。
 ここは小アジアを代表するギリシア人港湾都市。昨年までアンティオコスが本営を置いていた要衝だ。



「良い季節になったなあ、弟」
「は。爽やかな風が心地よく」
 凱旋軍として帰国することが決まった兄弟。見るもの触れるもの、全て心地よかったに違いない。
 兄弟は馬車に乗ってエフェソス近郊にあるアルテミス神殿に向かった。
「折角なので参拝しておこうよ」
 言い出したのは兄スキピオ。
 何事にも興味を抱くのは昔から変わっていない。




 エフェソスのアルテミス神殿は、古代世界の七不思議とされ、とても有名であった。
 ここに、誰をも驚嘆させる巨大な神殿が聳えていたからだ。
 とある旅行者の言によると、
「エジプトのピラミッドよりも、オリンピアのゼウス神像よりも壮麗で素晴らしい」
 当時のアルテミス神殿で三代目であった。
 元々小さな神殿であったものを、紀元前六世紀、リュディア王クロイソスの寄進により全く新しい大神殿へと改築された。
 小アジアは地震多発地帯。倒壊せぬよう湿地帯の上に基礎工事を施す工法で、細心の注意をもって建設された。古代版耐震構造を備えた神殿である。
 この二代目の神殿は、世界一美しい神殿として、人々の憧憬の的となった。




 だが、ここに不埒なことを企む輩が現れた。
「歴史に名を残したい。あの神殿を破壊すれば名声を獲得出来る」
 迷惑なことに、こういう妄想膨らます輩が時折現れる。人は、妄想を妄想に留める者が殆どだが、無法の極致をなし名を上げようと実行する愚者が稀に登場する。
 人のため何かをなし名声を得ることを思わず、人に不幸をもたらし名を上げようという倒錯。こんな衝動に駆られるのは、人のため何かをなす術を知らぬ阿呆か、不幸のどん底の境遇にあり理性を失った者であろう。
 世々人々に罵られることになる結果の、どこが名声なのか。こういう自己顕示型の犯罪者は、よく考えた方がいい。単なる錯乱なのだから。
 周囲に問いかけるべきだ。ならば、すぐに答えが導かれる筈だ。不幸を転嫁し与えられる称号は『卑怯者』以外にあり得ぬことを。




 紀元前356年、その男は神殿に放火し、それが原因で神殿は崩壊した。
 男はすぐに逮捕された。
「私が放火した。自分の名を不滅なものとするため、最も美しい神殿に火を放った」
 功を誇るが如きに堂々自白したのである。
「何という奴だ」
 エフェソス市民は激怒し、直ちに犯人を死刑にすると共に、二度とこういう輩が現れぬよう、その名を記録することも口にすることも禁じた。だが、何人かの歴史家が記録したため、その名が後世に伝わってしまった。卑怯者の目的は達せられた訳だ。

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