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名将問答
およそ十二年ぶりの再会。あのザマ決戦直前の会談以来であった。
ハンニバルは、ギリシア商人風の衣装に身を包んでいた。
つかつかと近づいて来た。
「よくぞ、この旧敵の前にお越し下された」
ギリシア語で語りかけた。
「それはこちらの言葉」
スキピオは笑って応じた。
「我がローマは、アンティオコス王に、貴公の身柄の引渡を要求している。ここに、そのコンスルのルキウスもおる。その我らの前に、よくお越しになられたものだ」
「はは」
その隻眼の男は小さく笑った。
「その和平条約は発効しておらぬのであろう」
和平条約はコミティアの批准手続を経ていない。つまり、条約に基づく強制力はまだ働かぬ、ということ。
ハンニバルは、法治国家ローマの、そういう杓子定規を熟知していた。
「我ら、会うことのできぬ間柄になる。その前に一度語り合いたいと思うたのだ」
それは、あたかも旧友に会いに来たかのような響きであった。
「我らは席を外しましょう」
マニアケスがルキウスを見て言ったが、ハンニバルは小さく首を振った。
「そなたらが証人になってほしい。特に、そこにおられるコンスル閣下ならば、証人として歴史家どもも文句はつけまい。そして…」
ハンニバルはアルテミス像を見上げた。
「厳格な女神アルテミスが見守るこの空間が我らの対話に相応しい」
そう言うと、列柱の間をゆっくり歩き出した。
スキピオがハンニバルと肩を並べ、そのすぐ後ろをルキウスとマニアケスが続いた。
「スキピオ君」
ハンニバルがおもむろに口を開いた。
「なんでしょう」
「ザマの合戦前と同じ言葉を、君にかけたいと思うのだ」
「それは?」
「栄光の後には往々苦難が続くことを知らねばならぬ、ということ」
「その言葉ですか…」
スキピオは神妙な面持ちとなった。
あの折は時機に適さぬ言葉と一笑に付したが、今の彼の立場ではそう思えなかった。
「君は栄光の頂点に立っている。頂点を極めた後は、転がり落ちるしかない。特に、帝王となることのできぬ君の場合、その危険性が大きいと言えよう」
ハンニバルの言葉は胸に響いた。
ローマは共和制だが民主制ではない。コミティアで決定出来るのは重要事項の一部だ。だから、ギリシアの如き衆愚政治に陥る危険は相対的に小さい。
とはいえ、近頃、平民の政治力がとみに増大している。市民の意思や感情一つで政治的地位が危うくなる点で、次第に民主制に接近していた。現に、スキピオが特例でヒスパニア司令官になったのも、コンスル就任を果たしたのも、平民の圧倒的支持があったればこそ。
「私の姿を反面教師にするべきだ。祖国を追われ、そして、今やアンティオコスの王国からも去らねばならぬこの男の姿を」
ハンニバルは、どうやら、この事を伝えるために、やって来たものらしかった。
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