新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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名将問答−終章2


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 名将問答
 およそ十二年ぶりの再会。あのザマ決戦直前の会談以来であった。
 ハンニバルは、ギリシア商人風の衣装に身を包んでいた。



 つかつかと近づいて来た。
「よくぞ、この旧敵の前にお越し下された」
 ギリシア語で語りかけた。
「それはこちらの言葉」
 スキピオは笑って応じた。
「我がローマは、アンティオコス王に、貴公の身柄の引渡を要求している。ここに、そのコンスルのルキウスもおる。その我らの前に、よくお越しになられたものだ」



「はは」
 その隻眼の男は小さく笑った。
「その和平条約は発効しておらぬのであろう」
 和平条約はコミティアの批准手続を経ていない。つまり、条約に基づく強制力はまだ働かぬ、ということ。
 ハンニバルは、法治国家ローマの、そういう杓子定規を熟知していた。
「我ら、会うことのできぬ間柄になる。その前に一度語り合いたいと思うたのだ」
 それは、あたかも旧友に会いに来たかのような響きであった。




「我らは席を外しましょう」
 マニアケスがルキウスを見て言ったが、ハンニバルは小さく首を振った。
「そなたらが証人になってほしい。特に、そこにおられるコンスル閣下ならば、証人として歴史家どもも文句はつけまい。そして…」
 ハンニバルはアルテミス像を見上げた。
「厳格な女神アルテミスが見守るこの空間が我らの対話に相応しい」
 そう言うと、列柱の間をゆっくり歩き出した。
 スキピオがハンニバルと肩を並べ、そのすぐ後ろをルキウスとマニアケスが続いた。




「スキピオ君」
 ハンニバルがおもむろに口を開いた。
「なんでしょう」
「ザマの合戦前と同じ言葉を、君にかけたいと思うのだ」
「それは?」
「栄光の後には往々苦難が続くことを知らねばならぬ、ということ」
「その言葉ですか…」
 スキピオは神妙な面持ちとなった。
 あの折は時機に適さぬ言葉と一笑に付したが、今の彼の立場ではそう思えなかった。
「君は栄光の頂点に立っている。頂点を極めた後は、転がり落ちるしかない。特に、帝王となることのできぬ君の場合、その危険性が大きいと言えよう」



 ハンニバルの言葉は胸に響いた。
 ローマは共和制だが民主制ではない。コミティアで決定出来るのは重要事項の一部だ。だから、ギリシアの如き衆愚政治に陥る危険は相対的に小さい。
 とはいえ、近頃、平民の政治力がとみに増大している。市民の意思や感情一つで政治的地位が危うくなる点で、次第に民主制に接近していた。現に、スキピオが特例でヒスパニア司令官になったのも、コンスル就任を果たしたのも、平民の圧倒的支持があったればこそ。
「私の姿を反面教師にするべきだ。祖国を追われ、そして、今やアンティオコスの王国からも去らねばならぬこの男の姿を」
 ハンニバルは、どうやら、この事を伝えるために、やって来たものらしかった。


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 アルテミス神殿(さらにさらに続き)
 その声に、立ち込めていた煙が、今度はみるみる引いていく。
「うっ!」
 ルキウスはぎょっとした。
 一人の女が跪いていたからだ。
 その女が顔を上げると、
「あ!」
 ルキウスは小さな叫びを上げた。
「お前は…!」
「はい。マニアケスにございます」
 そこには、十数年前と変わらぬ美貌を誇る姿があった。




「ふ。タラスではアフロディーテに扮し、このエフェソスではアルテミスに化けるか」
 スキピオが皮肉めいた口調で言葉をかけた。
「タラスのことを御存知でしたか」
 マニアケスは目を丸くした。
「後にミルトから聞いた。何とも手の込んだことをするものよ、と」
「あの折は神をも味方に付けねば貴国に後れを取りそうでしたので」
 マニアケスは苦笑し、そんな風に弁明した。




 いとも気安い二人の容子に、ルキウスは戸惑った。
「兄上は…マニアケスがここに来ることを御存知でしたので」
「うん」
「それは人が悪い。わたくしにも教えて頂ければ…」
 ルキウスはしかめ面になった。
「いや、この者ではない。この者の主の方なのだ」
 スキピオはけろりとして言った。
 ルキウスは一瞬意味を掴みかねたが、意味する所を理解すると、瞳をこれ以上なく大きくした。
「え…それは…ああっ!」
 ルキウスが声を上ずらせたのは、列柱の一つの陰から、その人物が現れたからだ。
「ハンニバル!」


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 アルテミス神殿(さらに続き)
「ふーむ…」「これは珍しい」
 兄弟が女神像に近づき、まじまじ眺めているその時であった。
 突然、白い煙が辺りに立ちこめ始めた。たちまち内陣一杯に広がっていく。
「な、なんだ」
 ルキウスが驚きの声を上げた。
「リクトルを呼ばねば…」
「うろたえるな」
 制したのは兄スキピオ。




「ほほほ。ローマの英雄たちよ、ようこそこの社に」
 煙の中から女の声が反響した。
「現世の英雄といえども、所詮、大地の子。神々の摂理に抗うことは出来ませぬ」
 諭すような語調であった。
 古来ギリシアの神々はお節介で知られる。トロイ戦争では、オリュンポスの神々は、ギリシア軍とトロイ軍のいずれを応援するかで対立し、自分のひいきする軍や戦士を応援したとされる。だから、今や地中海最大の国家となったローマの指導者の前に現れるというのは、物語の筋としては、あり、なのだが…。




「これは…」
 ルキウスは驚愕した。
 アルテミス女神の降臨と思ったのだ。
「ふふふ、はははは」
 兄スキピオは哄笑した。
「兄上、不敬ですぞ。アルテミスに対して」
「何がアルテミスなものか。奴が来たのだ」
「やつ?」
 スキピオは周囲を見回した。
「もういいから出て来い」

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↑※エフェソスのアルテミス神像です。This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0 Generic license.

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 アルテミス神殿(続き)
 エフェソス市民は神殿の再建に着手した。巨費が投じられた。
 当時台頭しつつあったアレクサンドロス大王から寄進の申し出があった。
 市民は丁重に断った。
「我がポリスの力で再建するのだ」
 その気概である。




 市民の尊厳と誇りを結晶にした神殿の建設は延々続き、工期はなんと120年に及んだ。紀元前356年から起算し、同236年頃に完成したということになる。
 高さ十六メートルにも及ぶ列柱が並び、柱は極彩色に彩られ、神々や英雄、都市の偉人たちの姿などが精密に彫刻されている。
 この美しい神殿は、ゴート族の侵攻略奪により崩壊し、二度と再建されることはなかった。残念ながら現代の我々は目にすることが出来ない(礎石が残るのみ)。




「これは見事な…」
 見上げたルキウス・スキピオは思わず感嘆の声を上げた。
 兄弟は、神官に導かれ、神殿の中を進んだ。
「こちらが内陣にございます」
 神官の声が反響した。
 内陣に入ると、この御社の主神アルテミスの像が安置されてある。




「これは…」
 スキピオは絶句した。
 その女神の姿は、ギリシア本土でよく目にする神々の姿とはおよそ違った。
 アルテミス女神は元々はアジア土着の神で、ギリシア人が自分たちの神々の仲間に加えたらしい。おおらかなギリシア人らしい。
 ギリシアでは人間は神の似姿とされる。だから、神々は完成された人間の姿として表現された。究極の美男美女、雄々しい父親、温かな母親、として描かれ彫られた。




 だが、眼前のアルテミス女神像は、ギリシア繁栄の時代の遥か前から受け継がれて来たため、乳房を幾つも付けた特異な姿をしている。容貌もギリシア系のそれではない。
 その姿は、この神の由来を雄弁に物語る。ギリシアでは狩猟の神という位置づけであるが、元来は豊穣の神だったのであろう。

アルテミス神殿−終章1

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↑エフェソスのアルテミス神殿の想像図です。

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 アルテミス神殿
 紀元前189年春。
 戦いが終結し、ローマ軍と同盟軍は冬営地に散っていった。
 スキピオ兄弟の本軍はサルディスからエフェソスへ移動した。
 ここは小アジアを代表するギリシア人港湾都市。昨年までアンティオコスが本営を置いていた要衝だ。



「良い季節になったなあ、弟」
「は。爽やかな風が心地よく」
 凱旋軍として帰国することが決まった兄弟。見るもの触れるもの、全て心地よかったに違いない。
 兄弟は馬車に乗ってエフェソス近郊にあるアルテミス神殿に向かった。
「折角なので参拝しておこうよ」
 言い出したのは兄スキピオ。
 何事にも興味を抱くのは昔から変わっていない。




 エフェソスのアルテミス神殿は、古代世界の七不思議とされ、とても有名であった。
 ここに、誰をも驚嘆させる巨大な神殿が聳えていたからだ。
 とある旅行者の言によると、
「エジプトのピラミッドよりも、オリンピアのゼウス神像よりも壮麗で素晴らしい」
 当時のアルテミス神殿で三代目であった。
 元々小さな神殿であったものを、紀元前六世紀、リュディア王クロイソスの寄進により全く新しい大神殿へと改築された。
 小アジアは地震多発地帯。倒壊せぬよう湿地帯の上に基礎工事を施す工法で、細心の注意をもって建設された。古代版耐震構造を備えた神殿である。
 この二代目の神殿は、世界一美しい神殿として、人々の憧憬の的となった。




 だが、ここに不埒なことを企む輩が現れた。
「歴史に名を残したい。あの神殿を破壊すれば名声を獲得出来る」
 迷惑なことに、こういう妄想膨らます輩が時折現れる。人は、妄想を妄想に留める者が殆どだが、無法の極致をなし名を上げようと実行する愚者が稀に登場する。
 人のため何かをなし名声を得ることを思わず、人に不幸をもたらし名を上げようという倒錯。こんな衝動に駆られるのは、人のため何かをなす術を知らぬ阿呆か、不幸のどん底の境遇にあり理性を失った者であろう。
 世々人々に罵られることになる結果の、どこが名声なのか。こういう自己顕示型の犯罪者は、よく考えた方がいい。単なる錯乱なのだから。
 周囲に問いかけるべきだ。ならば、すぐに答えが導かれる筈だ。不幸を転嫁し与えられる称号は『卑怯者』以外にあり得ぬことを。




 紀元前356年、その男は神殿に放火し、それが原因で神殿は崩壊した。
 男はすぐに逮捕された。
「私が放火した。自分の名を不滅なものとするため、最も美しい神殿に火を放った」
 功を誇るが如きに堂々自白したのである。
「何という奴だ」
 エフェソス市民は激怒し、直ちに犯人を死刑にすると共に、二度とこういう輩が現れぬよう、その名を記録することも口にすることも禁じた。だが、何人かの歴史家が記録したため、その名が後世に伝わってしまった。卑怯者の目的は達せられた訳だ。

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