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旅立ち(さらに続き)
「兄上…よいのですか」
このあり得ぬ出来事に、ルキウスは半ば呆然とし、口を挟むことすらできなかった。圧倒的な歴史事実の迫力に、兄の言葉に、頷くしかなかった。
だが、ハンニバルの去っていく光景に慄然として来た。自分は執政官。国家に対する重大な責務に反したのではないか、その不安にくるまれ出した。
「終わったんだ」
「終わった?」
「ローマの敵は地上から消え失せた。復讐は望まぬのがローマの美徳。また、それが地上の安穏を願う神々の意思。それとも、そなたは、なおハンニバルを虜囚として民衆の前に引き出したい、そう思うのか」
「それは…」
ローマの男は、敵将を引き連れローマで凱旋式を上げることを無上の栄誉とする。とすると、ハンニバルというローマを恐怖に陥れた男は、捕虜としてはこれ以上のものはない筈であったが…。
「そうですな…。確かに、私もそう思えませんな」
ルキウスは苦笑した。
そう願うならば、一声上げれば、神殿の外にいるリクトルを呼ぶことも出来た筈。ハンニバルを捕縛するなど訳もないことだ。
(そうしなかったということは、私も、兄と同じ思いを抱いていたということだ)
「民衆の前に引き出すのは、ローマを侮ったアイトリアやエピロスの煽動政治家どもだけで充分。ローマを侮ればどうなるか、それを知らしめれば足りるのであるからな」
スキピオは微笑んだ。
間もなく。
スキピオ兄弟を乗せた船がエフェソスから出港した。
エフェソス市民から無数の歓声が飛んだ。ギリシア諸都市に自治を回復したスキピオ兄弟は、彼らにとっても英雄そのものだったからだ。
「ありがとう、諸君!」
スキピオは力強く手を振った。
そして、アジアの大自然に向かって、心の内で呟いた。
(さらばだ…アジアよ。我が好敵手よ…)
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