新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 フィリッポスその後−剥げ落ちた仮面
 紀元前186年春。ここマケドニア王国の都ペラ。
 次は、マケドニア王フィリッポス五世のその後を見ておこう。
 フィリッポスは対アンティオコス王との戦いでローマ軍に協力した功労者。そのため領土拡大と、人質のデメトリオス王子の返還、賠償金の免除など、多くの恩典を受けた。



 だが、彼は全く満足していなかった。
「テッサリアもトラキアも戻って来ぬ」
 テッサリアの一部こそ領土として付け加えられたが、渇望していた全テッサリアの支配権を回復することはなかった。
 ならばとトラキアのギリシア人諸都市を占領し、総督を置き支配を及ぼし始めた。マケドニアに対抗出来る都市はなかったから、全域がマケドニアの支配下に入った。




 このフィリッポスの動向を注視している男がいた。
 ペルガモン王エウメネス二世である。
「フィリッポスは全く野望を諦めておらぬ」
 隣国の王として警戒を怠らなかった。なにせ幾度となく侵略され、父アッタロスの治世には王都を包囲され、聖域を略奪破壊された忌まわしい記憶がある。
 トラキアの都市マロネイアは、かねてからエウメネスに意を通じていた。そこから救援の使者がやって来ると、エウメネスはこれ幸いと直ちにローマに通報した。
「フィリッポスは、ローマほか諸国との誓約に背きトラキアを侵略している」
 ローマが地中海世界の覇者と決まったアパメイア和約から僅か二年、再び東方が緊張し出した。




 この頃、ローマにはフィリッポスを密かに支持する元老院議員もいた。無論、莫大な贈物がものを言っている。彼ら支持者の御蔭で、エウメネスの動きはフィリッポスにもすぐさま伝えられた。
「ちっ、追従者めが」
 フィリッポスは舌打ちした。
 彼は、エウメネスが、タウロス以西を領有して以降、古来のヘレニズム大国であるシリアやマケドニアと同格に振る舞うことが、どうにも癪に障ってならなかった。



「やつはリュシマコスの財宝を横取りした下役人の子孫ではないか」
 そういう身分意識が抜けないのだ。マケドニア王家は、アレクサンドロス大王に仕えた重臣アンティゴノスが創始し、支配権を大王より正当に受け継いだ、その自意識だ。
 だが、自意識や自尊心だけでは事態はどうにも解決しない。なんといっても、エウメネスは、ローマにとって最も覚えめでたき君主なのであるから。




「すぐさまローマに赴き、友人たちと協力し、今回の余の行動が正当なものであることを弁明せよ」
 だが、様々な外交工作を施したものの、ローマでの交渉は不調に終わった。
「ローマ元老院の怒りは解けず。トラキア撤退が不可避となりました」



 知らせを受けたフィリッポスは赫怒した。
「うぬ。苦心して得たトラキアを、ローマは一片の命令書で取り上げるのか…」
 四方より支配権を削り取られる感覚、その憤懣、抑え難きものとなった。
 キュノスケファライの敗戦(紀元前197年)から十年余、従順で穏やかな同盟国君主を装って来たが、その偽りの仮面が明らかに剥げ落ち始めていた。

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