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※↑彼方にサルディスのアクロポリスの頂き、手前にアルテミス神殿です。This file is licensed under the Creative Commons Attribution 2.0 Generic license.
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不安と焦燥
紀元前190年秋。ここサルディス。
アンティオコス大王は、かつての宿敵アカイオスの本拠を、只今の本営としていた。
アクロポリス山上の豪華絢爛な王宮にあって、彼は意気消沈していた。
「そうか。ハンニバルはポリュクセニダスと合流出来そうにないか…」
海上での巻き返しを期していた矢先にエウリュメドン河口の敗戦、さらに、ハンニバル艦隊がパンピュリアに海上封鎖されていることに、いたく失望していた。
(せめてハンニバルの頭脳が欲しい…)
日増しに険しさ増す戦況に、大王は相談出来る参謀を渇望していた。
確かに、ゼウクシスやアンティパトロスが支えてくれている。だが、彼らは武将として優秀ではあっても、参謀としては物足りなかった。
そこで、大王はハンニバル単身を呼び寄せようとも考えた。が、ハンニバル艦隊が崩壊すれば、ロードス艦隊を阻む勢力はなくなくなり、そのまま大挙キリキア、さらには大王の本国中枢、帝都アンティオケイアに迫る恐れがあった。
(迂闊にハンニバルを呼び寄せる訳にもいかぬ)
エウダモスらロードス海将たちの深謀遠慮であった。
大王の苦渋の色は日々濃くなるばかりであった。
「陛下」
現れたのは王妃エウボイア。
「おお、王妃、どうしたのか」
「いえ…陛下が何やらお悩み遊ばしておられますので…。心配で」
その言葉に大王は胸を衝かれた。
愛する者に苦境は悟られたくないもの。それが男の本性だ。
だから、大王は敢えて大きな笑みを浮かべた。
「…なに、大したことはない。作戦のことを思案していただけだ。参れ」
大王は王妃の体を引き寄せると、優しく髪を撫でた。
「済まぬな。心配させて」
(ギリシア本土で得た戦利品は、結局、この女性だけであったよ)
大王はそんなことを思った。
「陛下」
エウボイアは愛くるしい瞳を、全てを委ねる男に向けた。
「わたくし、政治の難しいことはとんと分かりませぬ」
「…そうか」
「ですが、陛下と共に暮らせるのでしたら、どこに参ろうと異存はありませぬ。それゆえ、お体だけはお労り頂きとう存じます」
それは、平穏な暮らしを望む女性の赤裸々な本音。王宮に住む高貴な女性も市井にある女性も変わらぬ希求。
大王は、その言葉にまたも胸を衝かれた。
(余は何のために戦っていたのか…)
戦うために戦っているのではない。いつか平和の内に暮らすために戦っているのだ、ということ。この当然の真理は、戦いに明け暮れていると、つい忘れてしまう。
「エウボイアよ」
自然、優しい口調となった。
「ありがとう。そなたに大切なことを気付かせてもらったようだ」
「え…?」
少女は首を傾げた。
「余は大切なことを忘れ、少し落ち着きを失っていたようだ」
大王は苦笑した。
(まずは、ポリュクセニダスによる海上の勝利に期待する。次段の策は…その後に考えることにしよう。余にはアジアの大兵がついてあるのだ)
そう心に決めると、ようやく落ち着いて来た。
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