新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 息子と引き換えに(続き)
 そんな物思いに沈んでいる最中。
「閣下、お休みの所恐れ入ります」
 セルギウスの声であった。
「入れ」
「はい」
 長身のセルギウスがぬっと入って来た。もう六十近い筈であるが、その筋肉骨格所作動作から、老いの衰えを微塵も窺わせない。




「大王の使者が閣下と内密にお話したきことがあると」
「内密に…」
 スキピオは眉間に皺を寄せた。
 執政官である弟ルキウスの頭越しに、というのが気に障ったからだ。
 それを察したセルギウス、
「マニアケスが来ております」
 と付け加えた。
「なに。あの者が」
「御子息のことと申しております」
「プブリウスの…」
 彼の長男プブリウスは、この大戦の初めエウボイア島のカルキスで大王軍に包囲され、捕虜となっていた。捕虜としては異例の厚遇を受けていると伝わってはいたが、ずっと心配の種の一つであった。
「…通せ」
「は、それでは」




 現れたのはヘラクレイデスとマニアケスであった。
 マニアケス、僅かに会釈した。
 口を開いたのは正使ヘラクレイデス。
「夜分、お休みの所、申し訳ございませぬ」
「む。我が息子のこととか」
「はい。左様にございます」
 ヘラクレイデスはおもねりの笑顔を見せた。
 プブリウスの身柄は、交渉の切り札。だが、執政官ルキウスとの公式の場ではあまり威力はないと踏んでいた。なにせ、ローマはカンネー戦後に人質の身柄請け戻しを断固拒んだお国柄。人間の本音本心が表に出やすい内密の場、深夜の密室こそが相応しい。




「我が陛下は、閣下が誼を通じて頂けるならば、御子息を直ちに釈放する意向です」
 まずは大きな提案をずばと切り出した。
「ほう。それはそれは」
 スキピオは目を丸くした。
 確かに、無償での捕虜解放は異例中の異例。それが有力者であればなおさらだ。




「そして…」
 ヘラクレイデスは唇を舐めた。その次が申し出の核心。
「閣下が、陛下提案の講和の成立にご尽力して頂けるならば、当座の謝礼としていくらでも金銀を差し上げる。さらには、帝国の歳入の一部を与えましょう、と申しております」
 有り体に言えば贈賄の申し出である。交渉の過程での贈賄は、この時代当然であるから異とする点ではないが、その申し出が桁外れであった。国家の歳入の一部を差し出しているのだ。しかも、世界最大の版図を誇るシリア王国の歳入の一部である。
 無論、アンティオコス大王申し出の条件に沿うことが前提である。豊潤なタウロス以西を失うことを思えば、それほど不釣り合いな取引でもない。

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